平清盛と高熱


平清盛は、高熱に倒れてからわずか6日で命を落としました。
その闘病の姿は、平家物語に克明に記されています。

「身体の内部が火を焚くように熱く、水ものどを通らない」
「病床の4、5間以内に立ち入れば、耐え難いほど熱い」

そして「清盛はただ『あた、あた(熱い、熱い)』というばかり」だったといいます。

その清盛の熱を下げるために選ばれたのが、比叡山の湧き水でした。湧き水を汲んできては、石の浴槽に溜め、その中で清盛を冷やしたそうです。その治療の様子が描かれた、『源平盛衰記図会』。

中央で、冷たい水をかけられながら、苦悶の表情を浮かべているのが清盛。

まわりの水は、沸騰し、湯気が立っています。

平家物語の原文には、

「水おびただしくわきあがり、程なく湯にぞなりにける」と記されています。

その後清盛は、熱に苦しみ、もだえ、跳ね回って亡くなったそうです。
跳ねるという意味の言葉、「あっち」から、清盛の死は「あっち死に」と言われています。

清盛を苦しめた高熱の原因は、未だはっきりとはわかっていません。

高熱を発し、命の危険につながる病気は様々。
悪性のマラリア・腸チフスなどの伝染病、そして脳内出血や、肺炎などが推測されています。

江戸時代、高熱が出るはやり病が幾度となく起こりました。人々は、その度に「○○風」と名前をつけました。横綱、谷風が活躍していた時期は、「谷風」。八百屋お七が、付け火で捕まった時期は、「お七風」。浄瑠璃のスターがお駒だった時期は、「お駒風」。江戸の深刻な流行り病には、時代を代表する人の名前がついていたのです。

1835年のはやり病“印弗魯英撒”


1835年(天保6年)に「医療正始」という本が刊行されました。 その中で、“印弗魯英撒”という名前が登場します。
何と読むか分かりますか?

これは、“インフリュエンザ”と読みます。当時は高熱が出るはやり病のことを、この漢字をあてて、“インフリュエンザ”と呼んでいました。

江戸時代の漢方薬


江戸時代、高い熱を出した人が使っていたクスリは中国の漢方薬が中心でした。
熱さましには、竹を使っていました。竹を火であぶると、切り口から油がにじみ出ます。ほんの少し粘り気のあるこの竹の油を、竹瀝(ちくれき)といい、このまま飲んで熱を下げていました。

実際、竹瀝にはどんな効能があるのでしょう?
東邦大学医療センター大森病院 東洋医学科 三浦於菟先生に伺いました。

三浦先生:「竹瀝は、熱さまし・痰・意識障害などに効果があります。最近は、漢方薬としてはあまり使われていません。」

江戸時代から現在まで使われて続けている熱さましの漢方薬があるということで、特別に見せて頂きました。
三浦先生が取り出したのは・・・地竜?

三浦先生:「字の通り、大地にいる小さな竜、つまりミミズのことを言います。地竜とは、ミミズを干した生薬です。」

漢方薬、地竜は特に風邪の引き始めなど、寒気を起こす熱に効果があるそうです。地竜は、煎じて飲みますが、熱が高い時は冷まして飲んでも良いそうです。

そして、石膏。
石膏は、真夏に太陽に当たりすぎて熱が出た時に身体を冷やしてくれる漢方薬。天然の石膏を煎じて使います。

三浦先生:「暑い時に、石膏を煎らしてミネラルウォーター代わりに使うと、日射病を予防できる」

江戸時代、日本人の熱を和らげていた漢方薬の力は現在にも残っているのです。

熱さましの民間療法


高い熱が出た時の対策。昔の人は暮らしの中から、知恵を搾りました。
その一つが、アツアツの湯豆腐!
汗をかいて、熱を下げ、しかもいつまでも身体を温めておこうという知恵です。

レンコンが熱冷ましに良い。昔の人はちゃんと分かっていました。

レンコンを皮ごとすって、絞り、汁を作ります。昔の人は、節のところを使っていました。そこに、蜂蜜と、生姜の絞り汁を加えます。お湯をさせば、完成。今の栄養学から考えても、レンコンのおろし汁にはビタミンCがたっぷり。発汗作用もあり、熱を下げるのに、効果があるのです。

熱が出るとはどういうこと?


人はなぜ熱を出すのでしょうか?

エム・クリニック院長 松岡緑郎先生に伺いました。

Q:熱が出るとはどういうことですか?
松岡先生:「身体にウイルスが侵入すると、それに対して身体が闘って、その結果、発熱物質が出て熱が出ます。熱が出るということは、身体に何か異常が起こっているというメッセージなのです。」

健康な時、私達の体温は主に肝臓、筋肉、脳で作られ、35度から37度に保たれています。
その平熱よりも熱が上がっているという時は、身体の中で白血球が病原菌と闘っている証拠。

実は、白血球が、一番活発に活動できる温度は37度から38度。
そのため、身体は体温を上げて、白血球の働きを助けているのです。

Q:熱が出ると身体のどこに負担がかかるのでしょうか?
松岡先生:「熱が高くなってくるとカロリーをたくさん要求されます。そうすると、基礎代謝が上がり、脈が速くなって、心臓がバテやすくなります。」

発熱は、身体が活動するエネルギーを奪うばかりでなく、心臓の働きを活発にしすぎるため、心臓に負担を与えます。体力のない子供やお年寄り、不整脈など、心臓に病気がある人には、発熱は特に大敵なのです。

Q:どのくらい熱が上がると危険なのでしょうか?
松岡先生:「40度以上の熱が長時間続くとかなり危険な状態です。高熱によって、一つ一つの細胞がダメージを受けます。ダメージを受けやすいのは、中枢神経や脳です。」

解熱剤


風邪の病原菌が体内に侵入すると、それを迎え撃つのは白血球!
その闘いが始まると・・・

この時、白血球が出すのがサイトカインという物質!!このサイトカインこそ、発熱の原因物質なのです!

サイトカインは、血液に乗って、脳に向かいます。

脳に到達すると、“白血球が働きやすくなるように、体温を上げてやろう”という指令が出され、熱が上がるのです。白血球を助けるためとは言え、熱が続くと、体力はどんどん奪われてしまいます。

解熱剤、アセトアミノフェンは、視床下部、脊髄を含む中枢神経に働いて、サイトカインが運ばれてきていることを感じにくくします。

すると、“体温を上げろ”という指令が出なくなります。こうして、発熱が抑えられ、熱が下がってくるのです。

解熱剤についての疑問


解熱剤についての疑問を、薬剤師・桑原辰嘉さんに伺いました。

Q:熱が出てきたとき、解熱剤を使うタイミングを教えてください!
桑原さん:「体温が37度以上で、だるい、のどが痛いという症状を伴うとき、解熱剤を勧めます。37度よりも下がって気分的にも楽になれば薬を飲むのを控えましょう。」

Q:子供に解熱剤を飲ませても強すぎるということはありませんか?
桑原さん:「高熱が出た場合には、必要ならば子供でも解熱剤を飲ませたほうが良いです。ただ、子供の場合、飲み薬が苦手なお子さんもいらっしゃいますので、坐薬を使うこともあります。乳幼児の場合には代謝が未発達で、お年寄りの場合も機能が衰えていますので、薬を飲む量には注意が必要です。大人と同じ量の薬を飲むと、乳幼児もお年寄りも、逆に熱が下がりすぎる場合もありますので注意しましょう。」

乳幼児はもちろん、特にお年寄りは解熱剤を大人よりも少ない量にします。その量は、年齢・体格・症状によって違うので薬剤師さんに相談して下さい。

Q:解熱剤の選び方のポイントは?
桑原さん:「熱の原因によって薬の選び方が違ってきます。風邪をひいたり、のどが痛いという場合には解熱剤を使って良いですが、食あたりや便秘など、熱の原因がお腹にある場合は、まず病院で検査をしましょう。」
熱が出ると、臓器にダメージがきてしまうということが非常に印象に残りました。インフルエンザが1835年にすでにあったということにも驚きました。
熱が出た時、身体は汗をかいて苦しいけれど、そのままにしておいた方がいいと思っていました。でも、我慢するよりも解熱剤を飲んだほうが良いということが分かりました。解熱剤を飲むタイミングも分かってよかったです。