THEナンバー2

毎週木曜よる10時オンエア

綺羅星の如く、日本史を彩る名将たち。 私たちがよく知る歴史の表舞台、 その陰には常に「ナンバー2」の存在がありました。いわばそれはもうひとつの「歴史物語」。

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中岡慎太郎

ゲスト: 井沢元彦

西郷隆盛、大久保利通、桂小五郎。維新三傑と並び称されるこの三人の男たち。しかし、たったひとり桂小五郎には二人と異なる点があります。西郷、大久保をはじめ、明治維新に関わった志士の殆どは下級武士の出身。一方桂は裕福な家に生まれ上級武士として育ったエリートで、幕藩体制を守るべき立場の人物だったのです。いったい何が彼を日本を変える維新へと導いたのでしょうか?

人生の師、吉田松陰との出会い!!

もともと桂小五郎は武士の生まれではなく、医者の家和田家に生を受けました。ところが8歳のころ200石を持つ上級武士桂家に養子に出されます。こうして桂は武士になり藩の学校、明倫館に通う事が許可されます。これが人生の師、吉田松陰との運命の出会いをもたらします。松陰との出会い、そして、黒船来航を目撃したことで、剣の時代の終わりとともに新たな時代の始まりを感じたのです。


逃げの小五郎!!

彼の有名なあだ名が「逃げの小五郎」。剣豪と呼ばれるほどの達人でありながら、小五郎は生涯たったひとりも斬ることはありませんでした。桂は武士としてのプライドを捨ててもなお逃げ続けたのです。「剣は力を止めるためにある」それが彼が学んだ流派の思想だったのです。小五郎は数々の危機をかいくぐり生き延びたことで、後の薩長同盟、明治維新へと日本の時代を切り開く事になるのです。

松陰と小五郎。受け継がれる遺志…

明治維新に大きな役割を果たしたのが、吉田松陰が設立した松下村塾の塾生たち。しかし松陰は安政の大獄で処刑。そんな吉田松陰の遺志を継ぎ弟子たちはその思想を活かそうと考えていました。
1871年。小五郎は吉田松陰が果たせなかった欧米渡航を成し遂げます。岩倉使節団の一員として一年半をかけ12カ国を廻ったのです。
桂は特にアメリカの教育制度に感動し、帰国後文部大臣に当たる文部卿に就任。身分に関係なく通える学校の普及に尽くしました。それは数多の人材を育て上げた師、吉田松陰の夢の続きだったのかもしれません。

 


井沢さんの言葉で印象的だったのは、
「西郷隆盛と、坂本竜馬と、桂小五郎、もし自分に娘がいるとして、婿として認められるのは誰でしょう?」というもの。
井沢さんの選択は「断然桂小五郎!」だそうです。
西郷だと、家庭よりも仕事を優先しすぎのきらいがある。
竜馬だとモテすぎて心配になる。
それらに比べて桂小五郎はずっと一途に奥さんを大切にしてくれる、かつ冷静で仕事もできる!
…たしかに、自分を支えた芸妓幾松を明治になってから正妻に迎えたあたり、女性である私からみると一種「ホッ」とする部分があります。



今後この番組をつづけていくにあたり、「もしこの人と結婚するのなら…?」というまなざしをもって一回一回臨むのもいいかもしれないですね!