THEナンバー2

毎週月曜22時オンエア

綺羅星の如く、日本史を彩る名将たち。 私たちがよく知る歴史の表舞台、 その陰には常に「ナンバー2」の存在がありました。いわばそれはもうひとつの「歴史物語」。

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大久保利通

ゲスト: 加来耕三

「彼を失ったことは国家にとっての不幸である」
男の訃報はイギリスの新聞にも取り上げられこう評された…
その男の名前は、明治維新の中心人物として近代日本の礎を築いた大久保利通。現代でも、政治家が尊敬する政治家としてその名を挙げる人は多い人物です。 大久保が新たな国家像を模索する中で選んだ道は、ともに時代を築いた盟友・西郷隆盛との決別でした。友を退けてまで上り詰めた頂点で、大久保が描いた新国家の姿とは?
今回のTHEナンバー2は、大久保利通の葛藤に迫ります。

時代が生んだ必然

桜島が目の前に迫る、鹿児島県加治屋町。下級武士の子として生まれた大久保は この町で育ちます。同じ町で西郷が生まれたのは、わずか2年半ほど前。お互いの家は 100メートルほどの距離でした。薩摩藩の両翼として大久保と西郷は着実に力を付けていきます。岩倉具視らと連携し倒幕を目指し見事それを成し遂げます。 順調に時代を築いていた二人。しかし、激動の時代の中で運命は二人の友情を 引き裂くことになるのです。

思想と友情の狭間…男たちの別れ

大久保は維新後、海外へ視察に出ます。これが大久保にとって、「人格が変わった」と言われる程、衝撃的な経験となるのです。国際社会の現実を目の当たりにし、日本を強い近代国家に育てる必要性を痛感。当時、朝鮮へ開国を要求すべく西郷を派遣するか、意見が分かれます。早期派遣を訴える西郷に大久保は猛烈に反対するも、西郷に多数が賛同し早期朝鮮派遣が閣議で決定。しかし、天皇に上奏された書類には、「西郷だけが早期派遣を主張した」と報告されたのです。外交問題よりも日本の近代化が重要と考えた大久保は 岩倉と裏で画策し真実をねじ曲げるのです…。この上奏の結果、天皇は西郷派遣の無期 延期を決定、西郷は辞表を提出し鹿児島へ。これが二人の今生の別れとなるのでした。

文字通り「命をかけて」戦った男たち

この後、西南戦争が勃発。二人の盟友は「戦争」という場で敵味方となりました。 西郷は銃弾に倒れます。大久保はその知らせを聞きこういって号泣したといいます。
「おはんの死と共に新しか日本が生まれる。強か日本が」。そのわずか8ヵ月後に大久保は暗殺されます。暗殺の予告があったにもかかわらず護衛は付けなかったといいます。国家のためならいつ死んでもいいと覚悟ができていた西郷と大久保。国のために文字通り命をおとした大久保利通。現代の政治家が見習うべき姿勢がここにあるといえるでしょう。


キャラの豊富な幕末にあって
ダークなイメージを一手に引き受けている感のある大久保利通。
信念のためには手段をいとわず、謀略をめぐらせました。
しかし暗殺されたときには借金しかなかったことを考えると
真に国の将来を考え 常に覚悟を決めて政治に臨んでいたことが伺えます。
洋装を好みビスマルクの真似してひげを伸ばしたエピソードは
とにかく西洋を 取り入れ理解しようとした生真面目さなのかもしれませんね。