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第296回 2006年9月2日放送 ルミネ 花崎 淑夫 社長

百貨店業界の業績は長期に渡って低迷している。ここ10年間の売上げ推移を見ると、1999年の8兆9千億円をピークに減少に転じ、2005年には7兆8千億円まで落ち込んだ。特に衣料品は3割も落ち込んでいる。では大型店から客足が離れているのかというと、そうとは言い切れない。駅前ファッションビルのルミネは、1999年から右肩上がりで売上げを伸ばし、2005年度には2000億円を突破して7年連続の増収増益を達成した。ルミネはJR東日本の子会社。そう考えるとファッションとは縁遠い感じがするが、今やルミネはおしゃれの感度が高い20代から30代のキャリア系の女性にとても高く評価されている。

そんなルミネの経営トップは、元国鉄でJR東日本の役員も務めた花崎淑夫社長。国鉄時代は旅客営業や労務担当を務め、分割民営化の後はJR東日本で株式上場の担当役員として指揮を執った。そのキャリアを通してファッションとは無縁だった花崎社長が、ルミネの社長に就任したのは2001年。その時、自らに課したテーマが『鉄道のDNAを捨てる』だ。「鉄道事業は、鉄道が始まってから150年かけて作ってきたルールやシステムを守り、何よりも安全第一を大切にしている。物事を変える時は石橋を一度叩くだけでなく、他のたたき方も検証して、もう一度叩いてから渡るか渡らないかを決定する。」それほど変化しにくい体質というのが鉄道のDNAだ。しかし、「ファッションは朝9時の方針が一時間後の朝10時には変わることもある。朝令朝改。客層に合わせ、流行に合わせ、天気に合わせて変化し続けるもの。だからこそ鉄道DNAを打破することが必要」と花崎社長は考えた。

ルミネがターゲットにしているのは「世界一ファッションセンスが高い20代から30代のキャリア系の女性」。彼女たちを満足させるには「常にドキドキワクワクさせる専門店を集め、お客様の変化に合わせて走り続ける店作り」をしなければならないと言う。常に変化し続けることによって「『ルミネで買うために財布の一部を残そう』『ルミネに行けば必ずドキドキワクワクするものに出会える』と来店客に認知され、それが売上げという結果に結びついてくる」と花崎社長は考えている。

そんなルミネの店作りを見て気付くのは、エルメスなどに代表されるような欧米の高級ブランド店はなく、「あくまでも日常の中で変えられる、手の届く世界を展開」していること。もう一つの特徴はショップの入れ替えが激しいこと。来店客に常に新しい印象を与える為、毎年15〜20%のテナントが入れ替わる。これは6年間で全てのショップが入れ替わる計算だ(もちろん人気があり、10年以上店を構えている所もある)。また、青山や代官山など新しいファッションが生まれるエリアにもスタッフが足を運び、人気が出始めたばかりのまだ希少価値があるブランドを誘致し、大手百貨店にはないオリジナリティーを追求している。

店内のディスプレイも常に変化する。昼と夜、時間帯によって客層は変わる。それならばディスプレイもそれに応じて変わらなければならないと考えるのがルミネ流。「今の女性のクローゼットは一杯。この中に入れてもらうには、提供できるものの『質』を高めていかなければならない」のだ。

こうして鉄道のDNAを捨て変化を追求するのがルミネの集客術のポイントだが、それと並んで、もう一つルミネの強さを支えているモノがある。それは接客術だ。

ルミネは人材育成に力を入れている。何故なら客と接する人材、客の好みをつかめる人材は大型店舗の生命線だからだ。「来店客で既に欲しいものを決めている人は僅か3割。残りの7割は『何かないかな?』と買いたいモノを探しに来店している。彼女たちには潜在的に好みはあるものの、情報も多くて、羅針盤が定まっていない人が多い。それに気付き、客の好みに共感でき、商品説明はもちろんのこと、旬なものの理解も出来る店員が不可欠」なのだ。そんな想いが込められているのがルミネの接客3原則「笑顔・気配り・待たせない」。

では、どんな人材教育が行われているのか。まずは笑顔の訓練。ルミネ内のショップで働く販売員は必ず笑顔セミナーを受講し、合格点が取れるまで指導される。また、スタッフの接客術を競うルミネスト・コンテストを毎年開催。2万人の販売員の中から頂点に立つ3名を選んでいる。更に、各ブランドの店長はミラノやパリへ研修旅行にも行かせる。最高級のホテルに宿泊しながら、現地のファッションに触れ、センスを磨くことが目的だ。「販売員はバイヤーと違って仕事で海外に行くことはない。しかし接しているお客様は海外を知っている。そのお客様と同じ感覚を持たなければ、追いつけない」との考えから、敢えてコストをかけて実施している研修旅行だ。

ルミネは、ベンチャーの育成、ファッション業界の活性化にも熱心だ。花崎社長が仕掛けた「カルチェラ」(英語のカルチャーとフランス語で解放区を意味するカルチェラタンを掛け合わせた造語)という取り組みは、力はあるが資金がないデザイナーや、起業家精神に溢れる若手にチャンスを与えるもの。具体的には、ルミネが無料で店舗スペースを提供(出店費用も敷金もなし)、店の内装までルミネ側が行う。挑戦する側は、店に並べる商品さえ用意すればいいのだ。勿論、結果は厳しく問われる。「売上げが月商400万円以上、CS(顧客満足)面での評価」といった基準をクリア出来るかどうか。しかし、その基準をクリアし晴れて"合格"すると、ルミネの正規店として店舗を構えることが出来るのだ。2001年からスタートしたこの制度には、24のブランドが挑戦。この内、正規の店になったのは6つだ。これに対し花崎社長は「10年やっても正規店は出てこないと思っていたが、6店も昇格したのは出来すぎ」と驚いている。既存店もウカウカしていられない。

「競争相手は同じ業界ではなくお客様。お客様が何を求めているのかを読むことこそ価値につながる」と話す花崎社長。次はどのようなドキドキワクワクを見せてくれるのだろうか。

語録 〜印象に残ったひと言〜
  • 鉄道のDNAを捨てる
  • ファッション業界は朝9時の方針が朝10時に変わることもある
  • ドキドキワクワクするものを提供できる専門店を集める
  • 接客の3原則「笑顔・気配り・待たせない」
  • お客様と同じ感覚を見に付けていないとお客様に追いつけない
亜希のゲスト拝見

「国鉄時代のスーツはグレーばかりだった」という花崎社長は、白に紺のストライブのシャツにパープルのネクタイでいらっしゃいました。ルミネの社長になられてから、ワードローブの中身もだいぶ変わったようです。今の仕事については「売上げが安定している国鉄時代とは違って、ファッションの世界は売れないとゼロになる。それが面白い」と話されていました。

とはいえ、石橋を叩く国鉄のDNAは残っていらっしゃるのか、手元には細かくたくさんのコメントを直筆で書かれたメモが…。

そんな堅実でありながらも変化を楽しんでいらっしゃる花崎社長のパーソナリティが、今のルミネの原動力になっているようです。そして、そんなルミネだからこそ、流行は取り入れたいけれど、人と同じなのはイヤ。かわいくて、人から一目置かれたい。そんなひたすらわがままで、おしゃれ好きで、自分に良いものを知っている日本の20代から30代の女性という高いハードルを飛び越えられるのでしょう。

私もお財布の一部をルミネに費やしてみたいと思います。しかし、予算を決めないと使いすぎてしまいそうですね。