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第293回 2006年8月12日放送 アジア開発銀行 黒田東彦 総裁

東アジアは「ダイナミックに変化する面白い地域である」。こう話すのはアジア開発銀行(ADB)の黒田東彦総裁だ。黒田氏は、大学卒業後に大蔵省に入省し、国際金融だけでなく主税局の主要ポストを歴任。1999年からは大蔵省と財務省で財務官まで務め、2005年2月にアジア開発銀行の総裁に就任した。アジア開発銀行とは、アジア地域の経済発展の為に資金の融資を行う国際機関で、技術援助や調査活動などにも取り組んでいる。

東アジアの可能性を確信する黒田総裁だが、同時に東アジアが抱える厳しい現実を指摘する。それは『地域格差』だ。東アジア各国の一人当たりGDPを見てみると、日本は3万5000ドル、シンガポールは2万4641ドル、マレーシアは4672ドル、中国は1702ドル、そしてベトナムやカンボジアは1000ドルにも満たないなど、格差が激しい。しかも、中国一国の中でも、沿岸部は3000〜5000ドルに対して内陸部は300ドル程度とその差は大きい。このアジア全域に横たわる格差の是正がアジア開発銀行の使命でもある。

地域格差の是正には、とにかく持続的な経済成長を確保することが大切になる。東アジア各国の経済成長率を見てみると、中国が10%、マレーシアは5.3%、そしてGDPが1000ドル切る地域でも8〜9%の成長率を達成している。この高い成長率こそ東アジアの可能性を示している。経済成長こそ貧困からの脱却、そして格差是正への道筋だからだ。アジア開発銀行では、経済成長を支えるインフラ整備のために年間6000億円の資金を融資しているという。

黒田総裁が、アジアのこれからの鍵を握ると考えているのが『経済統合』だ。東アジアを大きな市場に一本化して自由貿易圏を拡大することは、持続的な成長の確保に資すること大であり、地域格差是正へと繋がるからだ。ただ、その実現は容易ではなさそうだ。経済統合への有効な手段と考えられる自由貿易協定(FTA)の締結の現状を見ても、中国と韓国はASEANとFTAを締結しているが、日本が締結しているのはシンガポールとマレーシアの2カ国だけ。日中、日韓の間でもFTAは締結されていない。これに対し黒田総裁は「もっと(FTA締結を)加速してもらいたい。一番良い方法は貿易額の大半を占める日本・韓国・中国がまずはまとまり、そこに他の東アジア諸国が集まってくると言うシナリオ。しかし、政治的に見るとこれは困難だ。ASEANが核になって各国が集まるという形で希望が持てるのでは」と話す。東アジアの経済統合が実現すれば、巨大なマーケットが誕生する。EUと比較してみると、人口が4億6000万人に対して東アジアは20億人。インドなど南アジアも入れると35億人と世界人口の半分以上にもなる。また、名目GDPは、EUが13兆4500億ドルに対して東アジアは8兆4500億ドルと少ないが、今のアジアの成長率を考えればEUを超えるのは時間の問題とも言える。

今、アジア開発銀行は『統合の触媒』になろうとしている。FTA締結を支援する『地域経済統合室』を新たに設置した。しかし、統合へのシナリオは「EUのように一つの青写真ではない」。黒田総裁によると「金融・貿易・経済など個別に、ASEAN+3やASEAN+6などの形を取りながら進める、多様な想定を作り上げる必要性がある」と言う。そして、「EUも統合に40年かかった。時間をかけて(統合へと)近づけていきたい」とも話す。EUよりも地域格差の激しい地域を統合する作業は、EU以上の困難が伴うことは必至。そのための時間も相当程度かかるのだろう。

「経済統合」と並んで、黒田総裁が提唱しているのが「アジア通貨単位(=ACU)構想」。持続的な経済成長の前提となる"通貨の安定"を狙ったモノだ。アジアの通貨安定を巡る議論は1980年代に遡る。80年代後半には円のアジア基軸通貨構想が浮上するものの日本経済が失速して構想は立ち消えに。1997年にはアジア通貨危機でアジア通貨基金構想が打ち出されたが、アメリカとIMFの反発で頓挫。2000年に緊急時に外貨を融通する通貨スワップ協定(チェンマイ・イニシアチブ)として実ったものの、今後、域内貿易が更に活発化することや、将来は東アジア経済統合へと進んでいくことを考えると、アジア通貨単位・ACUへの期待は高まるだろう。

ところで、アジア通貨単位・ACUとは何か?ということだが、「円・人民元・バーツなどそれぞれの国の通貨を一つのバスケットに入れたと想定して、GDPや貿易量などを考慮して算出するもの」で、大雑把な言い方をすると東アジア通貨の平均為替レート。東アジア各国の為替政策の指標となって、通貨の安定に寄与することが期待される。ユーロの前身であるECUを参考にしている。

では、アジア通貨単位・ACUの先には、ユーロのような共通通貨があるのだろうか。黒田総裁は「まだその段階にはない」という。EUでは自由貿易圏の構築からマーケットの統合を果たし、そこから統一通貨が生まれた。しかし、アジアは自由貿易もままならない状態で、シングルマーケットには程遠い。従って統一通貨の実現は遠い先になりそうだ。

このダイナミックな東アジアの中で、日本に求められている役割も変わってきているという。かつては資金面で大きく貢献してきたし、今でもアジア開発銀行の最大の出資国だ。しかし、「今は、お金ではなく理念やビジョンが求められている。日本にはアイデアや制度を作るという貢献が求められている」のだ。日本の力量を見せる正念場のようだ。

語録 〜印象に残ったひと言〜
  • 東アジアはダイナミックに変化する面白い地域だ
  • アジア開発銀行は、「統合の触媒」になる
  • 東アジアはEUのように一つの青写真ではなく、多様な想定をすることが必要
  • 今、日本には、資金ではなくアイデアや政策が求められている
亜希のゲスト拝見

頭のいい人はお話が分かりやすい。これはグローバルナビに携わり、およそ300人ものトップの方にお会いした感想です。実は、「今回、難しそうだな」と少し構えながら望んだものの、なんとも分かりやすく、お話いただきました。いつもお話をまとめる為にもう一度番組を見直して、まとめているのですが、メモが取り易かったです。

私は旅行が好きで、アジアを訪れることもあるのですが、その度に日本は恵まれていると実感しつつも、アジアの勢いには圧倒させられっぱなしになります。それが今のアジアなんですね。

黒田総裁の話から、アジア人としてもっとアジアについて知らなければならないと実感しました。