生命の扉 遺伝子


人は生まれ、育ち、そして、老いる。およそ38億年前、生命誕生。
大気中の分子がぶつかり合い、細胞が作り出されました。
やがて、一つの細胞から、60兆もの細胞を持つ人間が生まれました。
その役割を担うのは、「遺伝子」。
二重らせんの中には、生命を作り出す全ての情報が記録されています。
しかし、その情報に誤りが起こると・・・

『生命科学スペシャル 〜遺伝子が解き明かす生命の物語〜』
世界中の多くの学者が、遺伝子が織り成す広大な世界に挑み続けています。
生命の誕生の不思議、人はなぜ老いるのか、なぜ病気になるのか・・・

水野美邦先生

パーキンソン病治療の最前線に立ち、世界的な発見をする。それは、「パーキン遺伝子」。


鍋島陽一先生

独創的な研究の末、老化の謎を解く遺伝子、「クロトー遺伝子」を発見。

今回は、偉大な発見をされた2人の先生の人生、研究に迫ります!

上原賞受賞


2006年度、上原賞授賞式。
今年も、生命科学の分野で顕著な功績を挙げ、現在も活躍中の研究者2名に上原賞が贈られました。
さらに、上原記念生命科学財団は毎年およそ300名の研究者に研究助成金を贈呈しています。
上原賞はこれまでにも、あらゆる生命科学、例えば、『一つの細胞から、どうやって身体が作られるのか』、『脳の神経は、どのように情報を伝えているのか』、『身体を守る免疫の仕組みは?』などといった研究に対して贈られてきました。

今年度、上原賞を受賞したのは、順天堂大学の水野美邦先生。
水野先生は、パーキンソン病の発症に関わる「パーキン遺伝子の発見」による受賞となりました。

もう一人は、京都大学の鍋島陽一先生。
鍋島先生は、老化に関わる「クロトー遺伝子の発見」により上原賞を受賞しました。

今年もまた、上原賞は生命科学の研究者達の功績に光を当てたのです。

パーキンソン病とは


東京都文京区にある順天堂大学病院。
水野美邦先生は、およそ40年間に渡って、パーキンソン病に関する治療と研究を続けていらっしゃいます。
現在、水野先生に診察、治療を受けている患者さんの数は、実に600人以上に上ります。

パーキンソン病。それは未だに原因が定かではない病気。
発病すると、手や足の震えが起こる、歩き方が小刻みになる、また、筋肉が硬くなる、動作が鈍くなる、といった症状が現れます。

今、先生の治療を受けている川田真紀子さんは、通院を始めて既に8年が経っています。
パーキンソン病は、どのように診察するのか、ちょっと拝見してみましょう。
まず、手の機能が悪化していないか?頭を前後に動かしても眩暈などを起こさないか?脚は動くか?指は自由に動くか?など、体の状態をチェックします。
それから一直線上を体がぶれずに歩けるかを確認。
最後に、体全体のバランスをチェックします。

では、パーキンソン病の患者さんの暮らしとは?
川田さんのご自宅に伺いました。
川田さんは薬が効いている間、家事などはなるべく一人でするように心掛けています。
川田さん:「薬が効いているときは時間はかかりますが、普通に料理はできます。」
家事の合間には、絵葉書を描いたり、地域のボランティア活動に参加するなど、毎日を活動的に過ごされています。
川田さん:「手が重くなってきていて、鉛筆やボールペンは手にひびくんです。」
水茎の跡も麗しく、いかにも楽しげに手紙に筆を走らせていた川田さん。手紙はいつも毛筆。
しかし、そのとき・・・、薬の効き目が切れ始めたようです。手の震えに続いて、右脚にも震えが起こりました。
川田さん:「薬が切れかけてきた。そういうときは、いつも手が震えてきます。
片方の足も震えて、抑えても止まらないんです。
足が床に吸い付いて、すり足でつかまりながら進んでいる状態です。」
川田さんはすぐに薬を服用します。
足の震えなどが起きた際に飲むのが、パーキンソン病の薬・Lドーパ。
現在、この薬を3時間おきに服用しています。
薬を服用する際、川田さんは錠剤を飲みやすくするため、一度水に溶かしてから飲むようにしています。これは、水野先生からすすめられた方法です。
川田さん:「だいたい15〜20分くらいで効き目が出ます。どんなことがあってもこの薬は手放せないです。」
薬の効き目が切れると、ふらつくことがあるので、油を使う料理をするときは、ご家族に代わってもらいます。
川田さんの娘さん:「お互いに支えあっています。」
川田さんは、家族に支えられ、病気に立ち向かっています。

現在、川田さんが水野先生の診察を受けるのは、3ヶ月に1度のペース。鎌倉から電車で順天堂医院に通っています。
診察の際、前回の診察から3ヶ月の間の生活記録を水野先生に報告します。これも参考に、水野先生は今後の薬の量などを調整するのです。

8年前、初めて川田さんが病院を訪れた際、診察の後、水野先生はこんなふうに話をされたそうです。
水野先生:「パーキンソン病の疑いがありますが、パーキンソン病は進行が遅いですし、天寿を全うできて、薬で症状をコントロールできる病気ですとお話しました。」
川田さん:「頭の中が真っ白になりましたが、水野先生が、これで死んでしまうことはありません、進行を遅くしましょうね、と優しく話して下さったので、とてもありがたかったです。」

水野先生は日々、患者さんの治療、そしてパーキンソン病の原因を研究しています。

どうしてパーキンソン病になる?


パーキンソン病は、脳の「黒質」という場所の異常によって発症します。
脳の中では、ドーパミンという物質が運動に関係する指令を、神経細胞から神経細胞へとスムーズに伝えています。
実は、「黒質」に異常が起こると、このドーパミンの分泌が低下するのです。
丸印で囲まれた部分が、異常を起こした黒質の細胞です。
不要なたんぱく質が溜まっていて、それが原因でドーパミンの分泌が低下するのです。
水野先生は、「黒質」の中で働いている遺伝子、パーキン遺伝子を発見。
この遺伝子の異常が、パーキンソン病の原因であることを突き止めました。

“パーキン遺伝子”の発見


40年間休みことなく、パーキンソン病の患者さんを治療し続けた水野先生。
水野先生には、研究者というもう一つの顔があります。
開業医だった父の影響で、幼い頃から医者を志した水野先生。研修医を経て、28歳の時、アメリカへ留学しました。
水野先生:「アメリカで始めて、L-ドーパ製剤を使った治療が始まっていたのです。それによって、今まで転びそうだった患者さんが上手に歩けるようになって退院して行かれる様子を見て、パーキンソン病は良くなる病気であると感じ、パーキンソン病を専門にやっていきたいと思ったのが最初です。」

こうして患者さんの治療を続けながら、30年後、水野先生は、パーキンソン病の原因となるパーキン遺伝子を発見します。
パーキン遺伝子の発見は世界的に権威のある科学雑誌「ネイチャー」に掲載され、水野先生は国際的に高い評価を受け、一躍注目を集めました。
当時の論文を、水野先生は大切に保管しています。
水野先生:「これが、最初にパーキン遺伝子の発見を報告した『nature』です。新しいインパクトのあるデータでなければなかなか採用されないので、嬉しかったですね。初めての『nature』ですしね。」
これは、ヒトの染色体です。全ての遺伝子は、この中にあります。


パーキン遺伝子は、一体どこにあるのでしょうか?
水野先生:「パーキン遺伝子は、この6番にあります。」
この遺伝子は、数が多いと、パーキンソン病を発症しやすくなることが研究で分かっています。

現在、水野先生を中心とする研究チームは、パーキン遺伝子だけでなく、パーキンソン病と関係があると考えられている様々な遺伝子について研究を行っています。
服部先生は、その研究チームのチーフとして水野先生を助けています。
現在、服部先生が注目しているのが、パーキンソン病に関係したもう一つの遺伝子、αシヌクレイン。
青い染色体の中で、ピンクに光っているのが、アルファシヌクレインです。
染色体の中で、この遺伝子の数が多い場合、パーキンソン病が起こりやすくなるという事が分かっています。

パーキンソン病と遺伝子の関係、そこには、まだ解明されていない謎がたくさんあります。
現在、研究チームではパーキンソン病の原因となる新しい遺伝子を発見するための研究を進めています。
水野先生が、順天堂大学で研究を始めた17年前は、研究室を使うのも順番待ちで大変苦労したそうです。
研究チームの西岡先生は、遺伝子の働きを調べるため、血液から遺伝子を取り出し増やしています。
水野先生は、どんな先生ですか?
西岡先生:「研究に対する姿勢や患者さんに対する姿勢とか、臨床医としての考え方だとか、パーフェクトなものを感じます。」
では、服部先生にとって、水野先生とは?
服部先生:「私にとっては、神がかり的な域です。臨床の知識は本当にすごいです。先生の周りの人達は皆そう思っていると思います。」
では、水野先生の今後の課題は?
水野先生:「パーキン遺伝子が作るパーキンたんぱくは、とてもおもしろいたんぱくなのです。それは、抗酸化作用があるということが分かってきました。」
抗酸化作用とは、活性酸素による障害を防ぐことです。
パーキンたんぱくは抗酸化作用を持っていて、不要なたんぱくが「黒質」に溜まるのを抑える可能性があるのです。
水野先生:「パーキンたんぱくをうまく使えば、黒質の変性の進行をゆっくりさせることができるのではないかと思っています。」

水野先生の発見から始まった、パーキンソン病に関係する遺伝子の研究。
それは今、新しい治療法の開発を目指し、大きくはばたいているのです。