「麻酔薬」の疑問


手術などで全身麻酔をすると、患者さんは眠った状態となります。
ということは、麻酔薬とは「強力な睡眠薬」なのでしょうか?
その答えを知るため、全身麻酔をどのように行うのか、麻酔のスペシャリストである、
JR東京総合病院 院長・花岡一雄先生に伺いました。
花岡先生:「全身麻酔では患者さんを眠らせるために、バルビチュレートという入眠剤を使います。」
実際の手術で麻酔をかける際、まずは最初にバルビチュレートなど、患者さんを眠らせるための入眠剤を注入します。これで普通の眠りよりも深い、意識を失った睡眠状態を作ります。
バルビチュレートは普通の睡眠薬にも入っている成分。
確かに、この入眠剤は「強力な睡眠薬」ともいえるようです。
意識をなくすことで、睡眠中に手術が終わる。これには、患者さんの精神的負担を楽にする効果もあります。
脳の手術や、胸部や腹部を切開して内臓の治療をするといった大きな手術では、ほとんど全身麻酔が使われます。

全身麻酔は、入眠剤だけで終わりではありません。
さらに複数の麻酔薬が組み合わされ、手術を進行していくのです。
例えば、体にメスを入れやすくするために筋肉を柔らかくする薬や、手術による痛みを抑える薬などが全身麻酔では使われます。
このように、複数の麻酔薬を使うのには薬の相互作用により、効き目を高めて麻酔薬の全体量を減らし、患者さんの負担を軽減する意味もあります。
花岡先生:「少量の麻酔薬で済むようになってきました。患者さんの負担が少なくて回復も早くなります。たくさんの薬を組み合わせてバランスを取りながら行うので、バランス麻酔と呼んでいます。」

ところで、ケガをして傷口を縫ったりする場合には局所麻酔をします。
つまり、麻酔薬は「強い痛み止め」とも言えるものなのでしょうか?
いえいえ、痛み止めと麻酔薬は違います。
例えば、転んで足を激しく打ちつけ切った時などは、その部分に炎症が発生します。
すると炎症を起こした細胞からは、痛みを起こす発痛物質が出て、患部の近くにある神経に痛みを感じさせます。
痛み止めとは、この炎症を鎮める薬のこと。
炎症を鎮め、発痛物質が作られないようにして痛みを抑えるのです。

一方、傷口を縫う時などに使われる局所麻酔の働きとは?
花岡先生:「ケガをした時、痛みは電気信号となって脳へ届き、痛みを認識します。麻酔薬は電気信号を動かなくするのです。」
ケガで皮膚を切った時傷口を縫う際の痛みも、当然、電気信号となって神経を通り、脳に伝わります。それを止めなければなりません。
そこで使われるのが局所麻酔。
普通の痛み止めと違い、痛みの電気信号を遮断して、痛みが脳に伝わらないようにする薬なのです。
全身麻酔から局所麻酔まで、もしもまだ麻酔薬が開発されていなかったら、大半の外科治療や手術は不可能だったでしょう。

「麻酔薬」の歴史@〜華岡青洲〜


時代は、江戸末期の日本。
この時代、すでに外科手術が頻繁に行われていました。
この頃は、切開する際に伴う痛みは、患者の命を救うためには仕方のないものと考えられていました。

華岡青洲は、手術に伴う痛みを何とか和らげようと薬の開発を目指して、薬草の採取・研究を繰り返していました。
長年の研究により、曼陀羅華、草烏頭など、毒を持つ植物に人の神経を麻痺させる効果があることを青州は突き止めます。
しかし、どれだけの量を使えば毒ではなく、麻酔薬として使えるのかがまだ分かりません。
「患者で効き目を試すわけにはいかぬ」
そんな青洲の苦悩を察して協力を申し出たのは、彼の母・於継(おつぎ)と、妻の加恵(かえ)でした。
しかし、麻酔薬は効きすぎた場合は非常に危険なもの。
実験を重ねるうち、妻の加恵は何と失明してしまうのです。

こうした尊い犠牲の果てに、青州はついに全身麻酔薬、「通仙散」を完成させます。
とはいえ、手術の痛みを無くすことが出来る半面、量を間違えると危険である事に代わりはありません。
青洲は通仙散を使う際、患者の体の大きさや体重などを綿密に調べ、慎重に量の加減をしました。

そして1804年、青洲は通仙散による全身麻酔のもとで、乳癌の摘出手術に初めて成功します!
その後、青洲は通仙散を取り入れた方法で、乳がんだけでも実に153例、その他の外科手術も精力的に行い、多くの患者を救いました。

通仙散は幕末まで、日本の外科手術において不可欠の薬として広く使われて行ったのです。

「麻酔薬」の歴史A〜笑気ガス〜


19世紀半ばのアメリカ。
当時、縁日の芝居小屋では、ある出し物が流行っていました。
それはなんと「笑気ガス」を観客に吸わせ、気分を高揚させて楽しませるという不思議な出し物でした。
この出し物で、ある時事件が起こります。
観客があまりに気分が高まりすぎて倒れて怪我をしたのです。
ところが、その客は倒れたことにも気づかず、なんと痛みも全く感じていなかったのです。

偶然その様子を見ていた、歯科医のウェールズ。
彼はこの事件から、「笑気ガスは、人の感覚を麻痺させるのはないか」と考えたのです。
彼は早速、自ら笑気ガスを吸い込み、感覚が麻痺した状態で歯を1本抜いてもらいました。
そして手術後、すぐに目覚めたウェールズは、こう叫んだといいます。

「歯を抜いた時、針で刺したほどの痛みしかなかった!」

ウェールズは、この大発見を世に広めようと、自分の患者にも笑気ガスを使い、大々的に宣伝して、公開で手術を行いました。
しかし、手術はなんと失敗・・・。患者は痛みを感じてしまったのです。
その結果、ウェールズは全ての支援を失い、その時には笑気ガスも世の中に広まることはありませんでした。

それから数年後。
ウェールズの助手であったモートンが、笑気ガスに代わる、新たな麻酔ガスを見つけ出します。
それは「エーテル」!
エーテルは18世紀半ば、既に発見されていたガスですが、これをモートンは麻酔に使おうと考えたのです。
モートンは、ウェールズ同様、エーテルを使った公開手術を行い、今度は見事に成功!

これ以降、エーテルは手術の際の麻酔薬として広く使われるようになります。
しかし、同時に多くの問題点も浮上してきました。

例えば、術後に吐き気を起こす場合がある、痙攣を起こす場合がある、など。
更に致命的だったのは、燃えやすく取り扱いが非常に危険だったことです。

そんなエーテルに代わり、麻酔薬として再び注目を浴びたのが、ウェールズが実験を行った笑気ガス。
多くの研究により、酸素と混ぜ合われば、笑気ガスの持つ麻酔作用を自由に調節出来ることが分かりました。
こうして、笑気ガスの効き目は、近代医学において認められ、現在も一般的な麻酔薬として、世界で使われ続けているのです。

「麻酔薬」はどのように役立っている?


手術の際、全身麻酔はどのように行われるのでしょうか?

まず、患者さんを眠らせる入眠剤を一定の量、静脈から注射して完全に意識を失わせます。
静脈から注射で入れるのは、薬の効き目を早めるため。
入眠剤が完全に効いたら、次に手術中意識のない状態を維持するために、吸入式の麻酔を使います。
その後、全身の筋肉を柔らかくする薬を注入します。これは、メスが体に入りやすくするための処置。
この薬が効くと、肺の筋肉も止まるので人工的に酸素を送り込みます。
さらに、気道に管を差し込みます。手術中に麻酔が切れないように、酸素と麻酔ガスを送り続けるためです。
麻酔医は手術の間中、意識のない患者さんの状態を確認。心電図や脳波計、血圧計を確かめながら、麻酔量の調整を行います。なるべく少ない麻酔で手術ができるよう、手術全体を管理するのです。

痛みを抑えるため、硬膜外麻酔と呼ばれる局所麻酔も行います。
手術する場所により、麻酔を入れる脊髄の場所も異なっています。
心臓や肺など胸部の手術の場合はここ、胃袋や腸など腹部の場合はここ、股関節など下半身の場合はここ、と麻酔する位置は決まっています。
なぜなら、脊髄の中には全身の各部と脳を結ぶ神経が枝分かれしながら走っていて、その位置に合わせて局所麻酔を打つためです。
脊髄の周りの部分、硬膜外腔に麻酔をうつと、そこから先の神経の伝達が一時的に止まり痛みが抑えられるのです。
花岡先生:「患者さんの手術の範囲が非常に広がったのです。薬がいろいろできたことにより、いろんなところに対処できるようになったので、今までできなかった手術ができるようになりました。長時間の手術もできるようになり、患者さんも助かる機会が増えました。」
硬膜外麻酔は現在、手術だけではなく、例えばペイン・クリニック(慢性的な痛みを麻酔
で抑えて、患者さんの生活の質を向上させるという治療)でも慢性的な痛みの対処のために使用しています。
現在、最も多く使われているのが、帯状疱疹にかかった後でよく起こる神経痛。他にも、関節痛や腰痛などの痛みを抑えるためにも使われています。治療は2ヶ月から3ヶ月の間に、10回程度行います。

今や、麻酔は手術のような特別の場合の痛みだけでなく、暮らしの妨げになる慢性的な痛みにも効果を発揮しているのです。

おくすりゼミナール『坐薬』


坐薬は身体の中でどんなふうに働いているの?
教えてくださるのは、東京都学校薬剤師会 会長の田中俊昭さんです。
田中さん:「今回は坐薬についてです。この坐薬は便秘に使う坐薬です。この坐薬を腸と同じ程度の温度のお湯の中に入れてみます。」

便秘用の坐薬を直腸と同じ37度のお湯に入れてみるとみるみるうちに、たくさんの泡が出てきました。これは、クスリから炭酸が出ているのです。
この便秘用の坐薬は、体内に入って溶けると炭酸を出して、直腸を刺激。
その刺激によって排便を促します。
さらに坐薬は、身体の中で溶けることにより潤滑油の働きもして、腸内に溜まっていた便の滑りを良くしてくれるのです。
田中さん:「坐薬は非常に吸収が早く、腸から直接、血管の中に入るといわれています。効果が早く確実に現われます。」

華岡青洲を支えた奥さんとお母さんがいなかったら、麻酔を使った治療はもっと遅れていたかもしれませんよね。二人の献身的な支えが印象的でした。
麻酔薬があって良かったなと思いました。昔は押さえつけられて手術していたなんてとても恐いですよね。