「抗生物質」とは?


私たちの命を支えている心臓。
慶應義塾大学病院にある中央臨床検査部。ここでは、1000人におよぶ患者さんの血液や尿などから細菌が感染していないかを調べています。
この検査部を率いるのが小林芳夫先生。

皆がよく分かっていない抗生物質という薬、これは一体何なのでしょうか?
慶應義塾大学病院中央臨床検査部・小林芳夫先生
小林先生:「抗生物質とは、カビが作った化学物質で、細菌の分裂増殖を抑えたり退治したりする薬です。」

病院で処方される抗生物質は、カビが作る化学物質から作られています。
患者さんには錠剤や注射薬に加工されて使われているのです。

例えば、肺炎は細菌が肺に感染して起こります。
肺炎の治療には抗生物質と消炎鎮痛剤など、その他の抗生物質が処方されますが、一体どう違うのですか?
小林先生:「消炎鎮痛剤は、熱を下げて痛みを取り、症状を抑えます。抗生物質は、原因である病原菌の発育を抑えたり退治する薬です。」

では、抗生物質を飲んだ場合、どのように細菌をやっつけてくれるのでしょう?
口から入った抗生物質は、小腸で吸収されて血液の中に入ります。
そして、細菌が感染して炎症を起こしている所で作用。細菌を退治してくれます。

小林先生:「人々が長生きできるようになったのは、抗生物質による治療が発達したからと言って良いでしょう。」

病気を根本から治してくれるのが抗生物質。
現代の医療になくてはならない存在です。

「抗生物質」発見の歴史


今からちょうど100年前。
イギリスの医師、アレキサンダー・フレミングは細菌の感染を防ぐために日々、予防接種の普及に力を尽くしていました。

おりしも、1914年、第一次世界大戦勃発。
フレミングは、傷ついた兵士達の治療のため戦地に赴きました。
そこで彼が見たものは・・・
傷口に感染すると死に至ってしまうウェルチ菌、破傷風菌、そしてブドウ球菌、連鎖球菌などが兵士達に蔓延しているという実態でした。
このとき、フレミングは、細菌に感染した兵士達が次々に命を落としていくのをただ黙って眺めているしかなかったのです。

「細菌を何とかしてやっつけたい!!」
戦場から戻ったフレミングは早速、病原菌の一つである「ブドウ球菌」の研究を始めました。

彼はある時、2週間の夏休みを利用してブドウ球菌を室温で培養する実験を行いました。一定の温度に保たれた状態ではなく、あくまでも自然にまかせた温度の中でブドウ球菌はどのように繁殖するのか?
フレミングはそれが知りたかったのです。

そして2週間後、彼は偶然にも歴史に残る偉大な発見をすることになります!
フレミングが覗いた培養皿の中には予想通りブドウ球菌が繁殖していましたが、そこにはもう一つのかたまりが・・・。
それは一体何なのか・・・?
なんと、アオカビ! 

培養皿には、ブドウ球菌だけでなく偶然にもアオカビが発生していたのです。
そして、驚いたことに丸く発生したアオカビの回りにはブドウ球菌は一切寄り付いていなかったのです!

「強い繁殖力をもつ有毒なブドウ球菌が寄り付かない・・・」
これは、アオカビがブドウ球菌の成長を抑えるなんらかの成分を出しているのではないか・・・。
フレミングは、この偶然の発見を見逃さずアオカビが他の病原菌にも力を発揮するかどうかを調べました。
すると、アオカビはブドウ球菌だけでなく、連鎖球菌、肺炎球菌など人々を死に追いやる多くの細菌に強い効き目を示すことを発見したのです。

アオカビには、菌を退治する物質を出している!
フレミングは、この物質をアオカビの学名、ペニシリウムから「ペニシリン」と名付けました。
フレミングの研究から生まれた偶然の産物、「ペニシリン」。
この抗生物質が、人類に大きく貢献することになるのです。

ペニシリンが世界の人々を救う!2人の学者が貢献!


ペニシリンを発見したフレミングでしたが、これを実用化させなければ多くの人々の命を救うことはできない。
そのために彼は、アオカビの培養液からペニシリンだけを精製する研究を始めました。

しかしこの作業は本来、化学者の専門分野であり細菌学者の彼にとっては非常に困難を極めました。
結局、フレミングは挫折。ペニシリンの実用化を断念してしまうのです。
その後は、ペニシリン精製の方法は世界中の研究者によって探されました。

そして1940年。
イギリスの病理学研究者、フローリーとチェインは非常に効果的なペニシリンの精製方法の開発に成功しました。
それは、アオカビの培養液の入ったガラス瓶を氷点下の状態にし、回転させるというもの。こうすることで安定してペニシリンを精製することができたのです。
この方法を確立した彼らは早速、ペニシリンの大量生産のために人を集めました。
当時は戦争中のため、雇ったのは全て女性。彼女たちは「ペニシリン・ガール」と呼ばれ、ペニシリンの大量生産に大きく貢献しました。
こうして大量生産されたペニシリンは世界中の人々のもとへ渡り、多くの命を救いました。

フレミングによる偶然の発見から始まり、フローリーとチェインによって大量生産されたペニシリン。 今もなお世界中で使われ続けている人類にとっての救世主なのです。

「抗生物質」の種類


どんな病気に対して、どんな抗生物質が処方されているのか?
例えば風邪をひいたとき、市販の薬を使いますが、喉の痛みが続く場合は、喉の粘膜にベータ溶血連鎖球菌という菌が感染する可能性があります。
お年寄りや小さな子供の場合は、それが原因となって肺炎を起こすことも。
こういうときに処方されるのが、アオカビから作られた「ペニシリン系」の抗生物質。
抗生物質は、小腸で吸収されると血液に入って全身に運ばれることになりますが、その効果を発揮するのは、細菌が感染している場所だけ。
喉に感染したベータ溶血連鎖球菌を白血球とタッグを組んでやっつけるのです!

転んでケガをして、その場所が化膿してしまった場合、傷口には「黄色ブドウ球菌」が感染しています。
この菌にもペニシリン系の抗生物質が有効です。

中耳炎や副鼻腔炎のような耳や鼻の炎症や膀胱炎などには、マクロライド系の抗生物質、クラリスロマイシンなどが効果を発揮。
実はこのクラリスロマイシンは、胃炎や胃潰瘍の原因となるピロリ菌の退治になくてはならない抗生物質でもあります。

違う種類の抗生物質を、組み合わせて使うこともあります。
例えば、細菌の感染が全身及び、死に至ることもある敗血症には、「ゲンタマイシン」と「カルペニシリン」という2種類の抗生物質で対抗します。
小林先生:「1種類の抗生物質では敗血症は治らなかったが、ゲンタマイシンとカルペニシリンを併用すると治ります。抗生物質がお互いに力を増強しあうのです。」

どの細菌にどの抗生物質を使うか、錠剤か軟膏か。
それぞれの病気にあわせて、抗生物質は、いろいろな種類と形で活躍しているのです!

医療現場では?


細菌の感染症には抜群の効果を発揮する抗生物質。
しかし、抗生物質には大きな課題が立ちはだかっています。
小林先生:「今までの歴史をみると、必ず耐性菌(抗生物質に耐性のある菌)が出てきます。」

必ず出てくる耐性菌。
例えば、肺炎などの感染症を引き起こすブドウ球菌はメチシリンという抗生物質で退治します。
ところが、菌は生き残ろうとして変化。
メチシリンに抵抗力をもった黄色ブドウ球菌ができてしまうのです。
そこで、バイコマイシンという抗生物質でこの黄色ブドウ球菌を退治します。
するとさらに、バイコマイシンに抵抗力をもった強い黄色ブドウ球菌が生まれてしまうのです。
体力が落ち抵抗力の弱った入院患者は、ただでさえ細菌に感染しやすくなっています。
もし、入院患者の中に、耐性をもった黄色ブドウ球菌に感染した人が一人でも出ると、他の患者さんも次々に感染してしまうことになります。
これが院内感染です。
院内感染を防ぐために病院では常に入院患者の痰や血液などを調べています。
抗生物質を使う患者さんが多い院内では耐性をもった菌が発見されることがあり、常に新しい抗生物質が求められています。

小林先生:「耐性菌の出現と抗生物質の開発は追いかけっこです。このような追いかけっこがあるからこそ、創薬学が進歩するのです。」 

常に求められる新しい抗生物質。
耐性菌を克服する時代ははたしてくるのでしょうか。
抗生物質と聞くと硬い感じがしますが、このおかげで医学が進歩してさらに寿命が延びたり、こんなに役立っていたのかとしみじみ思いました。
抗生物質がカビから発見されたなんて驚きでした!