みんな子どもだった

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山田太一

脚本家。1934年東京・浅草生まれ。
倉本聰、向田邦子とともに、「シナリオライター御三家」と呼ばれる。
家族を描いた作品を多数発表。
代表作は、「岸辺のアルバム」「想い出づくり。」「ふぞろいの林檎たち」など。

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倉本聰&ゲストのサイン入り色紙プレゼント
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第1週 [ 5月6日 放送 ]

脚本家・倉本聰 VS 脚本家・山田太一!
日本のテレビドラマの黄金期を築き上げた2大巨匠による「夢の対談」が実現!
浅草生まれの山田太一は、一体、どのような幼少期を過ごしていたのか?
心に深く刻まれている戦争と強制疎開の記憶…倉本聰が、「永遠のライバル」の原点に迫る。


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第2週 [ 5月13日 放送 ]

山田太一が自らの歴史を振り返る。
疎開地・湯河原で過ごした少年時代に体験した母との「別れ」…
そして、親友・寺山修司、師と仰ぐ木下恵介との「出会い」…
日本の家族を描き続けてきた脚本家誕生の秘密に、倉本聰が迫った。


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第3週 [ 5月20日 放送 ]

シナリオライター御三家の一人と呼ばれる山田太一の下積み時代は、有意義だった。
松竹入社後、木下恵介のもとで口述筆記をすることから学んだ脚本づくり…
そして、映画からテレビの世界への転身…
鎬を削ってドラマ黄金期を築き上げてきた倉本聰と山田太一が、当時を大いに語る。


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第4週 [ 5月27日 放送 ]

山田太一の代表作「想い出づくり。」と倉本聰の代表作「北の国から」は、
同時期に同時間帯で放送されて視聴者を大いに悩ませるなど、話題となった。
お互いに競い合い、お互いに刺激を受け、お互いに一目を置いていた二人…
そんな二人が、「何かを失ってしまった」今のテレビ文化に物申す!