2004年 7月17日の放送

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 外国為替市場ではいぜん円高センチメントが強い中、特に7月始め以降、円にポジティブ、またドルにネガティブな経済指標発表や各種報道が相次いだ。

 具体的には、まず、7月1日に発表された日銀短観6月調査の中で大企業製造業の業況判断DIが22%と、事前予想の17%を大幅に上回った。ついで、翌2日に発表された米6月分の雇用統計では、非農業雇用者数の伸びが前月比112千人と、事前予想の同250万人増を大幅に下回っている。さらに、11日に実施されたわが国の参院選では、自民党の獲得議席数が49と、事前予想を若干上回る結果に終わっている。また、14日早朝には、日経朝刊が東京三菱銀行とUFJ銀行の統合をスクープし、大手銀行再編の加速すが好感された。最後に、その夜に発表された米6月の小売売上高が前月比1.1%減と、事前予測の同0.8%を下回っている。

 ここで重要なことは、7月初め以来、これだけ円にポジティブ、ドルにネガティブな経済指標発表や各種報道が相次いだにも関わらず、ドル円相場が下押しに失敗した事実である。これは、為替市場がほぼ完全にわが国経済に対する楽観論を織り込むことにより、円高見通しが標準化され、もはや、こういった事柄が、円にとってポジティブなサプライズとならなくなっていること意味している。したがって、円高局面は、もはや終了したとみるべきであろう。

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 そのような中、世界経済においては、確実に、ディスインフレからインフレへ、また、金融緩和から金融引き締めへのパラダイム・シフトが進行している。すなわち、このパラダイム・シフトは、6月30日にFEDが4年ぶりに政策金利の引き上げを実施し、また、中国においても、政策金利こそ据え置かれているものの、銀行貸出の窓口規制や大型設備投資案件の認可見送り等、引き締め政策が実施されていることに、如実に表れている。

 さて、このようなパラダイム・シフトによって生じる世界的な長短金利の上昇は、ディスインフレ・金融緩和局面とは大きく異なり、多大な債務を抱える経済によりネガティブな影響が現れてくることになる。ここでは、もちろん米国の家計と政府部門の債務も問題となるものの、それ以上に憂慮すべきは、わが国の企業・銀行の不良債務・債権と政府部門の負債である。とくに、わが国の中央・地方政府の債務残高は、2004年にGDP比で160%を超えると試算され、G7中で群を抜いている。したがって、小泉政権下で財政再建が遅々として進まない中、これ以上の長期金利の上昇は、財政危機を誘発する懸念すら出てくる。

 換言すれば、世界経済のパラダイム・シフトが為替市場にもたらすものはわが国の財政破綻への懸念を通じた円売りである。

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 日曜日に実施された参院選挙に関しては、外国為替市場が、1週間前の世論調査の自民党にたいへん厳しい内容をすでに織り込んで円を売り進めていたため、49議席という自民党の獲得議席はむしろ円の買戻しを誘発した。

 しかし、今回の選挙結果を受けて、小泉政権がレイムダック化した事実は見逃せない。小泉首相の残された任期はあと2年であるが、それまでに内閣が交代するリスクすら出てきた。そのような中では、9月の内閣改造人事も、もはや小泉首相の影響力の低下を露呈する以外の何物でもなかろう。したがって、今後、なんらドラスティックな改革が実施されることはまったく期待できず、小泉政権の弱体化が時間とともに鮮明となっていくであろう。政局が混乱する可能性すら残されている。

 外国人投資家は、いまだ、小泉政権にある種の幻想を抱いており、今後、数ヶ月間に明らかとなる小泉政権の弱体化は、外国資本のわが国からの流出は招来する可能性がある。すくなくとも、追加的な対日投資には、二の足を踏む公算が高い。また、政権の弱体化は、財政再建遅延への危惧を増大することによって、円売りを誘発するであろう。

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 一方、11月に行われる米大統領選では、ブッシュ再選の確率が50%まで低下しているといわれる。外国為替市場では、ブッシュ大統領の敗北を、短絡的にドル売りと捉えているようであるが、ケリー候補が当選した場合、どのような経済政策が採用される蓋然性が高まるかについて、事前に考えておくことが得策であろう。現在、ケリー候補の経済政策を作成しているスタッフは、ロバート・ルービンやラリー・サマーズといったクリントン政権第二期に要職を占めたメンバーである。したがって、ケリー候補が当選したときの経済政策は、クリントン第二期と同様、増税、歳出削減等の財政再建によって長期金利の低下を促すことに加え、為替をドル高に誘導することによって、経済と株価を支えていくものになる公算が高い。すなわち、ケリー候補の勝利は、ドル高を招くことになる。

 以上述べてきたように、わが国経済に関して楽観論が完全に市場に織り込まれていること、パラダイム・シフトによって引き起こされる金利の上昇は、過剰債務体質が顕著なわが国経済に先進国中もっともシビアな影響を及ぼす可能性が高いこと、小泉政権がレイムダック化した公算が高いこと、ケリー候補が勝てばドル高政策が採用される蓋然性が高まることから、年末までに1ドル=120円まで円安が進行するリスクをみている。

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 来週ドル円相場は、しっかりと110円台に乗り、場合によっては1ドル=112円を試す場面もあるとみている。

 まず第一に、米国金利の上昇がマネーサプライの減少に表れてきている。今週木曜日に発表された米国のマネーサプライ統計において、3ヶ月前比年率でみたM2の伸びは、5月の11.3%から6月には8.3%まで鈍化した。M2の伸びが鈍化するのは昨年11月以来のことである。米国のマネーサプライの減少はドル高を招来することになるが、この米国における過剰流動性の減少は、世界経済のパラダイム・シフトの中でドルが上昇するとわれわれが考える一義的な要因である。

 また、来週、グリーンスパンFRB議長が、年2回の金融政策に関する議会証言を行うが、その結果、現在FRBはインフレ懸念がいぜん比較的抑制されている中で、超低金利からの脱却を緩やかに進めているという認識が、金融市場において、いっそう深まると考えられる。その結果、市場の一部で形成されている8月の利上げが見送られるという期待はほぼ完全に消滅するであろう。

 さらに、今週発表された財務省の統計によると、対内株式投資は先週152億円まで急減した。一方、統計では確認できないものの、わが国の機関投資家は、円投ベースでの対外証券投資を増やしているとみられ、このような対内証券投資の減少と対外証券投資の増加によって、外国為替市場において、需給面から円売りが強まっている公算が高い。