2004年 7月10日の放送

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 先週述べた通り、FOMCは6月30日の会合で4年3ヶ月ぶりの利上げを実施した。今のところ、今後の金融引き締めペースは、Fed自身がFOMCの声明の中で述べているように“measured”なものになるとみられており、8月のFOMCにおける利上げ幅も6月と同じ0.25%と市場は読んでいる。しかし、実際の利上げテンポが果たして緩やかなものになるか否かは、今後のインフレ動向次第である。7月21日に予定されているグリーンスパンによる年二回の金融政策に関する議会証言(いぜんはハンフリー・ホーキンス法による証言と呼ばれていた)では、Fedがどのような切り口でインフレを分析しているかがポイントとなるが、その前に、現在の米国のインフレ動向を整理しておくのも有益であろう。

 そこで、米国における現状の物価動向をまず生産者物価からみているくと、原材料価格の上昇率が、本年5月において、前年比22.0%まで上昇している。また、この原材料価格の上昇は、中間財と最終財、それぞれ7.1%と4.9%、に波及している。すなわち、生産者物価の段階では、エネルギー価格の上昇を主因とした川上の価格上昇が、すでに川下にまで波及している。換言するなら、生産者物価においては、インフレ傾向が強まっているといえよう。

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しかし、より川下の消費者物価をみると、エネルギー価格や食品価格の上昇率が、それぞれ前年比14.7%、4.1%まで上昇してきているが、それらを除いたコア・レートの伸びは1.8%の上昇と、いぜん比較的低位安定している。したがって、消費者物価の段階においては、インフレ傾向は抑制されているとみることができ、そのあたりが、FOMCが6月30日のFOMC後に発表した声明の中で、「インフレ指標はやや上昇してきているが、このところの上昇の一部分は、一時的な要因によるものと見ることが出来る」と述べている所以であろう。

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  また、将来のインフレを占う上で重要な賃金上昇率も低水準で推移しており、失業と雇用のトレード・オフはいまだ顕在化してきていない。 前回の景気拡大局面では、失業率が5.5%を下回った頃から、それまで前年比2.5%程度で推移していた時間当たり賃金が上昇を始め、失業率が4.4%まで低下する過程で、賃金上昇率は、同4.3%まで上昇している。しかし、今のところ、失業率は5.6%まで低下してきたばかりであり、賃金上昇率も前年比1.6%から2.2%までの上昇にとどまっている。したがって、賃金の上昇が、たちまちインフレに波及するとは考え難い。問題は、雇用者数の増大によって、失業率が一段と低下した場合、賃金に強い上昇傾向が表れてくるか否かという点であろう。

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 一方、インフレとマネーサプライの関係を重視するマネタリズムの観点から、最近のマネーサプライ増加率の大幅上昇は、懸念材料といえる。3ヶ月前比年率でみたM2とMZM(マネー・ゼロ・マチュリティー、満期がない金融商品)の伸びは、5月に、それぞれ11.3%、12.5%の高い伸びとなっている。最近、マネーとインフレの関係が崩れてきているとはいえ、川上でインフレ率が高まっているきている中、マネーサプライの伸びが二桁まで上昇している事実は、政策担当者にとって、見過ごすわけには行くまい。6月8日のスピーチの中で、グリーンスパン自身が、「マネーサプライの急騰」に言及しており、今後のインフレを占う上で、マネーサプライからも目を話すことが出来ない。

 したがって、今後の金融引き締めテンポが果たして“measured”なものにとどまるか否かは、川下の物価、とくにコア・インフレの動向や、失業率と賃金の関係、マネーサプライ動向に注視していくことが重要である。この観点からは、まずは、来週発表される生産者物価、消費者物価の数字が注目される。インフレ懸念の高騰によって、市場における中心的な8月の利上げ幅予測が、現在の0.25%から0.50%に拡大したり、また、物価の鎮静化によって予測が利上げ見送りとなった場合、ドル円相場はこれまでの107円から111円のレンジを逸脱し、それぞれドル高、ドル安方向に明確な動きが出てくることであろう。

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 来週の為替市場の注目材料は、まずは明日行われる参院選の投票結果であろう。先週末に新聞各紙が実施した世論調査の結果が、自民党の50議席割れ、民主党の50議席確保を示唆するものであったため、今週外国為替市場は、自民党の獲得議席数として、46-50をすでに織り込んだとみていい。したがって、実際の選挙結果がこの範囲に収まれば、市場に与える影響は限定的なものとなろう。

 また、このように期待の下方修正が事前に行われたため、自民党の獲得議席数が永田町のボーダーラインである51議席となった場合でも、円にとってはポジティブ・サプライズとなり、107円までの円高になる可能性が出てくる。

 逆に、円安が進行するためには、自民党の獲得議席数が40代前半となり、小泉首相の辞任や、その後の政局混迷の可能性が高まる必要がある。この場合、ドルは110円を超えて買われることまろう。

 また、為替市場が、参院選の結果を消化した後は、すでに述べたように、米国のインフレ指標が、相場を動かす鍵となろう。まずは、選挙結果に注目である。