2001年10月13日放送 マーケット・ナビのポイント

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米国の同時テロ事件をきっかけに、欧米の主要金融機関は相次いで米国の実質成長率予測を下方修正している。今次テロ事件の打撃に加え、今まさに展開されている対テロ戦争の長期化と再報復テロへの恐怖とが、消費者心理を冷え込ませ、企業業績の悪化や更なる株価下落につながるとの観測を織り込んだものである。ハバード米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長が、足許のリセッション入りを事実上認めるなど、テロ事件の影響を受けた景気の急速な冷え込みはほぼコンセンサスとなっている。
 上の図は、米・欧の代表的な金融機関であるゴールドマン・サックスとドイツ銀行グループの一員ドイツ証券の、今年後半から来年前半にかけての四半期実質GDP成長率(前期比年率)予測を、テロ事件前とテロ事件後とで比較したもの。前者は主要金融機関の中でややベアリッシュ、後者はややブリッシュであるが、両者に共通しているのは、今年後半の2四半期がマイナス成長(米国で簡易的に用いられる景気後退のシグナルに相当)、来年第2四半期以降急速に景気回復するという「V字型」シナリオだ。特にドイツ証券は2002年第2四半期の予測を従来の+2.8%より高い+3.0%に修正し、更に(表にはないが) 第3、第4四半期の予測をそれぞれ+4.5%、+5.0%と、非常にブリッシュな見方をしている。
 こうした「急速V字型」回復シナリオの背景にあるのは、①対テロ攻撃が迅速に奏効し、テロへの恐怖感が消費者心理を圧迫する事態が早晩解消すること、②まだ50bps程度あるといわれる金融緩和の効果が浸透すること、③非常事態を受けて財政支出が大幅に拡大する見込み(GDPの1%ほど)であり成長率の嵩上げに大きく貢献する可能性が高いこと、④ここ一年続いてきた過剰設備調整が来年半ばには終焉し、新たな投資需要が出てくること、等の見方が上げられる。
 いずれも、過去10年続いてきた「高成長構造」が現在一時的に機能しなくなっているだけであり、財政・金融政策の梃子入れでこうした機能不全が早期に回復するとの見通しに基づいている。日本がすでに経験しているような長期的な経済構造の変化を念頭に置いたものではないといえるだろう。

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上掲表は、IMFが今月発表した新しい世界経済見通しと前回予測(5月時点)との対比である。IMFは今回の予測のサマリーに、“These projections were finalized before September 11 terrorist attacks in the United States and subsequent economic policy actions.”との一文を入れ、今次テロ事件の影響は一時的であり、成長予測を下方修正する必要はないとの見方を強調している。今回の下方修正は米国経済減速を受けたものであるが、来年については日本を除いてかなりの順調な回復を見込んでいる。

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米人材調査会社のチャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス社が発表した9月の米企業人員削減数は248千人に達し、同社が統計を開始して以来の高い水準となった。前月比77.4%の増加で、前年同月の5.2倍という高い水準である。
 主要航空会社が全従業員数の2割前後のレイオフを決めたほか、ボーイングが3万人の人員削減に乗り出すなど、航空業界だけで10万人超の雇用が失われる計算だ。人員削減のあらしは航空業界にとどまらず、自動車や半導体といった米国の基幹製造業、観光・運輸・金融等のサービス産業にも拡がっており、年内の失業率(9月は8月から不変の4.9%)の急上昇は必至といえよう。

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 10月1日に米国商務省が発表した8月個人貯蓄率(可処分所得に占める貯蓄の割合)は4.1%と急増した。98年末以来のレベルである。7月も2.5%とそれ以前と比べると高い水準を記録しており、7~8月の2ヶ月間で合計3.1ポイントもの上昇を見せている。
 これはいうまでもなく、7月から開始された減税(所得税率引下げと戻し税による税負担軽減分は7月に年率814億ドル、8月に同2,094億ドル)が、景気の急減速や株価の低迷による消費者心理の悪化を反映して、ほぼそのまま貯蓄に回されたことを示唆している。実際のところ、7月、8月の個人支出は前月比でそれぞれ、+0.3%、+0.2%と微増にとどまった。今回の減税をテコに個人消費の下支えをしようとしたブッシュ政権の狙いは今のところ空振りに終わっている。  1990年代の米国経済の「高成長構造」であった「過小な個人貯蓄+過大な投資・消費=過大な経常赤字・対外借入+それを支えるドル高政策」に変化の兆しが出てきた可能性がある。事実、2000年には4,450億ドル、名目GDPの4.5%にまで達した経常赤字は、今年の第1、第2四半期連続で減少しており、99年~2000年前半にかけての株式バブルを演出した欧州を中心とした海外からの直接投資・株式投資はほぼゼロ近傍にまで縮小している。設備投資についてはすでにリセッション入りしており、比較的堅調だった個人消費も低迷し始めている。
 現在も変わっていないのは、ドル高だけであり、実質・実効ベースでは依然プラザ合意直後の1986年来という非常に高い水準をキープしている。世界レベルでのディスインフレが進行する中、米国が「強いドル政策」を堅持しつづける大義名分はほぼ消滅したといってよく、早晩緩やかながらもドル安を志向してくる可能性は決して低くはないだろう。加えて、今回のテロ事件を発端に国際資本取引にかかるトランザクション・コストが上昇することは必至と見られ、米国に集中していた資金の(ネットの)流れがアンワインドする可能性にも注意が必要だ。
 因みに、一般に米国貯蓄率はそのボトムにおいてゼロを下回っていたと認識されているようだが、第2四半期GDPデータ発表とともになされた基準の見直しと過去に遡及したデータの改訂により、直近の底は2000年9月の+0.4%でプラス圏を維持している(改訂前のデータにおけるボトムは今年1月の▲1.3%)。

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 週明け8日(月)こそ、米英軍によるアフガン空爆開始に伴い、日米ともに休場で商いが薄い中、ドル円は119円台で取引されたが、その後は120円台から121円台にかけての底がたい展開を見せた。背景には、①アフガンへの軍事攻撃が円滑に進んでいると見られること、②日米欧とも株式市場がテロ後の下げを回復しつつあること、③テロ事件後にドルを売っていた向きがポジション調整に入っていること、④120円を下回る水準では本邦通貨当局によるドル買い介入警戒感が強いこと、等があげられる。11日(木)の海外市場では、欧州中央銀行(ECB)が利下げを見送ったことに失望したユーロ売り/ドル買いが出たことも、ドル円の下支えとなった模様だ。
 テロ再発等の突発的な動きがなければ、当面はドル円は120円を底とした動きを見せるであろう。一方、米国経済への不透明感が簡単に払拭されることも想定しづらく、比較的狭いレンジで推移すると考えられる。通貨オプション市場ではボラティリティが急低下(1ヶ月物で9月17日の15%近くから足許は9%前半にまで低下)しており、相場の膠着感を如実に物語っている。  来週の予想レンジは118円~123円。G-SECドル円指数は50.0でニュートラル、先週比+7.7ポイントで円の先高観が後退した。