2001年6月23日放送 マーケット・ナビのポイント

1. ユーロ・ドル相場
ユーロの対ドルでの下落がまた顕著になってきた。昨年10月下旬につけた0.82台の市場最安値を窺う勢いである。昨年11月下旬を底に反転に転じたと思われたユーロ・ドルであるが、今年1月上旬の0.95台後半をピークに再び下降トレンドに転じた。5月中旬より下げ足を速め、6月5日には0.8413まで下落、市場最安値の0.8230に迫る勢いだ。先週末15日(金)に、全米製造業者協会(NAM) の会長が現在のドル高に対して見直しを求める発言をしたことや、今週初18日(月)にスウェーデン中銀がクローナ買い・ドル売り介入をしたことを受けてドルが下落、ユーロ・ドルは一時0.86台に強含んだが、足許は0.85台前半の取引となっている。このレベルは、昨年11月3、6、9日にECBが単独でユーロ買い介入をしたレートを下回っており、9月22日の日米欧協調介入が入った水準に近い。

5月中旬からのユーロ安加速の直接の原因は、5月10日のECB定例理事会で行われた政策金利(リファイナンス金利)の0.25%の引き下げ(4.75%⇒4.50%)であった。ECBは99年11月に利上げを開始して以来、昨年10月までに合計2.25%の利上げを行ったが、年明け以降、日米が金利を下げる中、ドイセンベルグ総裁はWait-and-Seeの姿勢を明言していたし、また他の高官からも対インフレ鷹派的な発言が相次いでいたことから、市場にとって、今回の利下げは大きなサプライズとなるとともに、ECBの政策運営の一貫性のなさに失望感を与える結果となった。

更に、後述するように、景気が低迷する中でインフレ圧力が高まっており、ECBの金融政策に手詰まり間が強くなっていることもユーロ安を誘っていると考えられる。 中長期的には、
(1)欧州から米国への資本の流出が相変わらず続いていること、
(2)逆転すると思われていた欧米景気格差であるが、米国・アジアの景気低迷に引きずられる形で欧州の景況感が急速に悪化、むしろ米国よりも底が深いのではという懸念が出てきていること等
が、ユーロの持続的下落の要因として挙げられる。

2. ユーロ圏の資本フロー
グラフは、ユーロ圏12カ国の直接投資・証券投資のネット・フローの四半期推移(出典:ECB)。プラス領域は資本のネット流入、マイナスはネット流出を示す。
2001年第1四半期の合計の資本流出は、861億ユーロ(9兆円超)と昨年の第3四半期(908億ユーロ)に匹敵する高い水準である。2000年後半からの推移を見る限り、ユーロ反転のカギとされていたユーロ圏からの資本流出の歯止めは全くといっていいほどかかっていないことが分かる。恐らくは米国経済の減速を反映して、直接投資と株式投資にかかる資本流出は減少傾向にあるが、年明け以降、債券投資収支がネット流出に転じた。これは、G7諸国の中で際立って大きいユーロ圏のインフレ圧力と、ECBの金融政策に対する市場の信任の低さを嫌気した動きであると考えられる。

また、減少傾向にあるとはいえ、株式投資・直接投資が依然マイナスであることは、米国が先行して景気減速期に入ったことを目にしても、まだ圏内投資よりも米国への投資の方が期待収益率が高いと考える投資家が優勢であるということの現われである。年金改革・税制改革等に着手し、構造改革という面では着実に前進するユーロ圏であるが、米国の背中を視野に捉えるには至っていないということなのかも知れない。

3. 実質GDP成長率(前年同月比)
6月8日(金)に発表されたユーロ圏(12カ国)の2001年第1四半期の実質GDP成長率は前年同月比で2.5%となり、2000年第4四半期の同2.9%(3.0%から下方修正)から小幅減少した。2.5%という成長率は、奇しくも先に発表となった米国の第1四半期のそれと同じ数字である。グラフからも分かるように、2000年第2四半期にピークをつけてから徐々に景気が頭打ちになっていく過程は、米国もユーロ圏も同じであるが、米国の方が、ピークが突出している分だけ落ち込み方が激しいことは事実である。

昨年、ユーロが本格的に回復する第1条件として、米国とユーロ圏の成長率が肩を並べる、あるいは逆転することをあげる市場関係者が多かった。それは、
(1)欧州景気のテイク・オフが米国のそれより遅くなった分だけニュー・エコノミー化に向けた中期的な成長ポテンシャルは欧州のほうに分があり、
また、
(2)ユーロ圏は比較的クローズドな経済ゆえ、米国が先に失速してもその影響は限定的である、という理由付けのもと、十分実現可能であると考えられていた。しかし、実際には、米国経済が息切れし、その影響で日本を含むアジアの経済が減速し始めると、ユーロ圏もそれに引きずられて頭打ちとなっている。さながら世界的に減速局面に入った観がある。

ユーロ圏の潜在成長率は2.0~2.5%と見られ、現状のレベルはいわゆる巡航速度であるが、このまま安定的に成長を確保していくとの予測はほとんどない。更なる減速はほとんど避けられないだろう。米ダラス地区連銀のマクティア総裁は、先日「欧州の景気減速は、米国ほど深刻にならない可能性はあるが、硬直的な労働市場と、経済面での規制が多いことで、1990年代後半の米経済成長率に見合うような成長率を達成できず、また将来の経済成長見通しについても限界があるという『ユーロ圏の硬化症』を創出している」と述べたが、これがユーロ圏の景気見通しとしては標準的なものであろう。

しかしながら、その「硬化症」ゆえ、景気後退が米国以上に深刻となるとの見方も一部にはある。今月14日(木)にECBが発表したユーロ圏12カ国の経済予測によると、2001年の実質GDP成長率は2.2~2.8%。昨年末時点の予測値の2.6~3.6%から大幅に下方修正された。米景気減速の影響で、輸出だけでなく域内の設備投資や個人消費が落ち込むとの判断による。

予測によると、2001年は日米など域外景気の影響が大きく、ユーロ圏の成長率は鈍化する。ただ、域内各国が相次いで実施する減税措置などの効果で個人消費は底堅く、2002年には再び成長率が上昇する可能性もあるとしている。

ユーロ圏経済の牽引車であるドイツの景気の落ち込みが深刻である。2000年通年では+3.1%と高い成長率を見せたが、四半期では第2四半期に前年同期比+4.0%とピークをつけた後、第3四半期同+3.3%、第4四半期同+2.6%、今年第1四半期+2.1%と停滞感を強めている。同国のミュラー蔵相は、19日(火)、第2四半期はゼロ成長にとどまるだろうとしている。また同国の2001年通年の成長率については、ハンブルグ世界経済研究所が+2.3%から+1.7%へ、キール大学世界経済研究所が+2.1%から+1.3%へ、見通しを下方修正している。

4. ユーロ圏経済信頼感指数
グラフは、European Commissionが発表しているユーロ圏経済信頼感指数の推移。この指数は、産業信頼感指数(ウェート:1/3)、消費者信頼感指数(同:1/3)、建設信頼感指数(同:1/6)、株価指数(同:1/6)のコンポジット・インデックスで、ユーロ圏経済全体の景気の動向を示す。グラフからも明らかなとおり、ユーロ圏の景気は2000年の前半にピーク・アウトしてから急速に悪化、前回の景気の底であった99年の前半のレベルを下回って推移している。

5. 消費者物価指数
ECBが景気を下支えする利下げを躊躇している理由はいうまでもなく、消費者物価指数の高進である。5月のHICP(EU基準消費者物価指数)は、前年同月比+3.4%となり、ECBの目標値2.0%から更に大きく乖離した。また、撹乱要因となる食料品・エネルギーを除いたいわゆるコア指数は、同+2.1%となり、ユーロ誕生以来初めて2.0%を超えた(ただし、コア指数に関する政策目標はない)。

足許のインフレ加速は、狂牛病や口蹄疫による食料品価格の上昇やガソリンを中心とするエネルギー価格の高騰を受けたものであるが、これが2001年以内に2%の目標値に収斂してくるという当初の見通しはもはや消えた。なお、 5月初旬の英国政府の発表に因れば、猛威をふるった同国の口蹄疫は「最終コーナーを回った」模様。

ECB高官の最近の発言からは、目標値への収斂が2002年の前半になるのか、或いは後半になるのか、ECB内部でも見通しが分かれている様子が覗える。こうした状況下、今後景気の減速がより明確になった場合、物価の安定を第一義とするECBの金融政策の舵取りがいっそう厳しくなることが容易に予想される。その際は、ユーロは更に売り圧力にさらされる公算が強い。

コア指数も趨勢的に上昇していることが分かる。これは99年に始まる景気の回復とほぼ機を一としているが、成長がピークアウトした後もインフレ率が上昇していることの背景には、ユーロ安が少なからず影響していることは間違いない。現に、5月25日にヴェルテケ独連銀総裁は、「ユーロ安は最近のインフレ率上昇の一因である」と述べている。

6月14日(木)発表のECBの中期経済予測によると、金融政策の判断のカギとなる消費者物価の上昇率は2001年は2.3~2.7%で、政策目標である2%を上回る水準が続くとしている。

6. ドル・円相場
じわじわと円安・ドル高への動きとなっている。先週末15日(金)の欧州時間に、英FTSE社(フィナンシャル・タイムズとロンドン証券取引所の合弁会社)によるグローバル株式インデックスの見直しを控え、日本株の比重が引き下げられるとの見方を背景に、ドル円が121円台から123円台へ一時2円以上の上昇をみせた。この流れを受け、週初18日(月)は122円後半でスタート、同日発表された日銀経済月報で改めて景気悪化を確認すると123円台に乗せ、ドル円は底固く推移した。

19日(火)には、東京時間に本邦流通企業の破綻の噂もあり、約1ヶ月ぶりとなる123円台後半までドルが買われたが、速水日銀総裁の「通貨の動きが速すぎる場合は市場介入が必要になる可能性がある」との発言があり、ドル円は123円台前半まで値を戻した。同総裁は「円が安くなることは、近隣諸国にとっては痛手であり、無理して円を安くすることは正しいこととは思わない」と述べた。 翌20日(水)には、速水総裁辞任の噂や、日本の貿易黒字が減少したこと、更に米国のリンゼー大統領補佐官が日本の新聞のインタビューに答え「構造改革を進めていくうえでの円安は容認できる」と発言したことが円売りに拍車をかけ、ドル円は一時124円台まで下落した。21日(木)は、ホワイト・ハウスが前述のリンゼー補佐官発言の内容をコンファームしたこともあり、月末の日米首脳会談で円安が容認されるのではとの観測を呼び、124円台後半までドルが上伸した。

マーケットは大きく円売り・ドル買いに傾いているわけではなく、市場参加者が冷静さを取り戻しつつある中で、徐々に円安が進行している。本邦輸出企業や機関投資家のパニック的なドル売りも収まり、日本のファンダメンタルズの悪さに注目する静かな円売りが優勢を占めつつある。しばらくは円の「売り安心感」が続くと思われる。4月に失敗した130円の再度トライも視野に入れておく必要があろう。来週の予想レンジは122円~128円。