地球千年紀行~先住民族の叡智に学ぶ~

過去の放送

番組詳細

#28総集編 後編「多様な文化を維持して生活する先住民族」

#28総集編 後編「多様な文化を維持して生活する先住民族」

2014年02月23日放送
6年間に渡って、世界20に及ぶ先住民族たちの暮らしや文化を紹介してきた「地球千年紀行」。東京大学の月男嘉男名誉教授と共に、地球温暖化や自然破壊など、切迫する環境問題と我々はどう対峙すれば良いのか、世界各地で暮らす先住民族たちの様々な知恵から学んできた。今回は、先住民族たちの知恵が詰まった総集編の後編。地球上の多種多様な環境の中を生き抜いて来た先住民族の人々。彼らの叡智から、私たち日本人は何を学ぶことができるのかを考える。

#27総集編 前編「自然の循環を維持して生活する先住民族」

#27総集編 前編「自然の循環を維持して生活する先住民族」

2014年01月19日放送
6年間に渡って、世界20に及ぶ先住民族たちの暮らしや文化を紹介してきた「地球千年紀行」。東京大学の月男嘉男名誉教授と共に、地球温暖化や自然破壊など、切迫する環境問題と我々はどう対峙すれば良いのか、世界各地で暮らす先住民族たちの様々な知恵から学んできた。今回は、先住民族たちの知恵が詰まった総集編の前編。大いなる自然の循環に身を任せ、長い時を過ごして来た先住民族の人々。彼らの叡智から、私たち日本人は何を学ぶことができるのかを考える。

#26「自由を求めて海に生きる・バジャウ族」

#26「自由を求めて海に生きる・バジャウ族」

2013年08月25日放送
日本から飛行機に4回、客船に2回も乗継いで到着するインドネシアの赤道直下の孤島ワカトビ諸島には、海上に住居を構築して生活する先住民族バジャウ族が存在する。最近でこそ、海上に定住するようになったものの、以前は一家が小舟に乗込み流浪の生活をしていた人々である。素潜りの漁法で捕獲した小魚を物々交換の資源として生活する数百世帯の海上集落を訪問し、一見、不便きわまりない生活の魅力を紹介するとともに、そこから見通すことのできる未来の生活の提言をおこなう。

#25「独自の死生観で秘境に生きる・トラジャ族」

#25「独自の死生観で秘境に生きる・トラジャ族」

2013年07月21日放送
インドネシアに存在する世界で第九の広大な面積をもつスラウェシ島の奥深い山中にトラジャ族という先住民族が生活している。半世紀前には未知の民族であったが、政府の観光政策により、その秘境で展開される葬儀に世界が注目するようになった。日本とは相違する死生についての観念により、何日にもわたって展開される盛大な葬儀は、孤独死・無縁死が問題となっている現代の日本社会の行方を検討するうえで重要な契機となる。その葬儀の実態を紹介しながら、日本の社会の今後への提言をおこなう。

#24「遊牧の民 ベルベル人 過酷な環境で支えあって生きる」

#24「遊牧の民 ベルベル人 過酷な環境で支えあって生きる」

2013年02月24日放送
アフリカ北西部に横たわるアトラス山脈。その山中に家畜とともにテント生活を送るベルベル人がいる。冬期は砂漠地帯で過ごす彼らも、夏になると酷暑を避けて高地へと移動してくる。しかし、その高地も降水量が極めて少ない乾燥地帯で、ヤギやヒツジなどの家畜を養うため、エサとなる草を求めて放牧する毎日だ。さらに、自分たちが生きるための水を得るのにも片道2時間以上を要する苦労をしている。そのような過酷な環境に暮らすベルベルの遊牧民を月尾教授が訪ね、人類の今後の生活様式を探る。
客人への惜しみないもてなし。家族それぞれが分担する家事や放牧。遊牧民仲間が協力して行われるテントの張替え作業。そこで目にした風景は厳しい環境で暮らすからこそ育まれた家族の絆であり、仲間との助けあいだ。
夏の終わりに行われる祭り「イミルシルのムッセム」には、アトラス山脈各地から遊牧民が集まり、自慢の家畜を売りに出す。その光景はまさに圧巻。ここでも目にするのは、普段は離れ離れに暮らしていても協力しあう遊牧民の仲間意識。彼らの暮らしには人間関係が疎遠になりつつある日本社会を見直す手がかりがある。

#23「砂漠の民・ベルベル人 貴重な水を分かち合って生きる」

#23「砂漠の民・ベルベル人 貴重な水を分かち合って生きる」

2013年01月27日放送
アフリカ大陸北西部に横たわる標高3000〜4000mの山々が連なるアトラス山脈。その山脈を越えて南下すると、乾ききった荒涼とした風景が広がる。先住民族「ベルベル人」はサハラ砂漠へと続くこの乾燥地帯で生活し、アトラス山脈がもたらすわずかな水を頼りにたくましく生きている。
彼らの暮らしには、水に恵まれない厳しい自然環境がもたらした知恵と工夫があふれている。その代表がベルベル人の水を使わない伝統料理タジンであり、水を砂漠地帯にまで運ぶ地下水路「ハッターラ」である。
また、山間部にあるベルベル人の集落では、村人の共同倉庫「イグレム」が維持され、集団割礼という伝統も復活されはじめている。
人口増加や農地拡大などにより、「20世紀は石油の世紀、21世紀は水の世紀」と言われるほど、水を巡る問題は切迫した状況にある。
この厳しい環境の中、長年、水を分かち合い生活してきたベルベル人の社会を月尾教授が訪ね、「水の世紀」に対処するヒントを探る。

#22「熱帯雨林に維持される多様な文化〜南米大陸・アマゾン源流〜」

#22「熱帯雨林に維持される多様な文化〜南米大陸・アマゾン源流〜」

2012年08月26日放送
世界最大の流域面積を誇るアマゾン川は、南米アンデス山脈の雪解け水が遥か6500キロの距離を流れ大西洋へと注ぐ大河。このアマゾン川本流の原点に位置する町・イキトスは、19世紀末からのゴムブームで発展を遂げた町。しかしこのゴムブームは、先住民にとっては悲劇の歴史の始まりだった。イキトス郊外の熱帯雨林で暮らす「ボラ族」は、もともとコロンビアの南部に暮らしていた民族だ。19世紀末には2万人いたと推定されている彼ら部族だが、ゴム採取のための強制労働や白人の持ち込んだ疫病の被害などによって人口が激減、現在の土地に追われていった。今では人口わずか3000人しか残っていないと言われている。早くから金銭経済に組み込まれてきたため、一見近代的な暮らしを送っているように見えるが、今も昔ながらの伝統を守り続けていると言う彼らの暮らしを、月尾教授が訪ねる。集落のはずれに位置する集会所にあるのは、巨大な木の柱をくり抜いた太鼓。「マングワレ」と呼ばれるこの楽器は、ボラ族の通信手段だ。遥か遠くの集落にまで届くと言うマングワレの響き、果たしてどのように使われているのだろうか。さらにボラ族が伝統的に食すユッカは、人口が急増する現在、世界の飢餓を救うかも知れないと言われている食物、その秘密を探る。近代的な暮らしと古き良き伝統とを両立させながら暮らすボラ族の人々。彼らの暮らしを訪ね、現代社会が抱える様々な問題を解決するためのヒントを月尾教授が探る。

#21「原生林に実現する究極の質実生活~南米大陸・アマゾン源流~」

#21「原生林に実現する究極の質実生活~南米大陸・アマゾン源流~」

2012年07月22日放送
南米ペルーの南東部、ブラジル、ボリビア国境近くに位置するマヌー地域。アマゾン川の源流の一つであるマヌー川とマドレ・デ・ディオス川の流域に広がる広大な熱帯雨林の秘境には、その近づきにくさ故、今もありのままの自然が残されている。850種類近い野鳥や1200種類以上のチョウ、1億種類にも及ぶ昆虫などが生息していると言われ、マヌーの北部地域はその生物多様性の豊かさから、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
 このマヌーの森に暮らしているのが、現地の言葉で「真実」を意味する、「マチゲンガ族」の人々。自然からの恵みだけを糧に、今も文明と隔絶された生活を送っている。今回、月尾教授が彼らの暮らしぶりを訪ねたのは雨期。川の氾濫や増水などが多発する時期ですが、この厳しい自然とどのように付き合いながらマチゲンガ族の人々は暮らしているのだろうか。文明社会とは全く異なる価値観に生きる彼らの暮らしを訪ね、人間にとって本当の豊かさとは何かを、月尾教授が紐解く。
 一方で、この豊かなマヌーの森から都会へと移る決断をした部族もいる。ピロ族の一家が住んでいるのは、マヌーの玄関口の町プエルト・マルドナード。ブラジルとペルーを貫く高速道路や金鉱の開発などで森を追われて来た彼らは、発展しつつある都会でどのように暮らしているのだろうか。先住民族に押し寄せる近代化の波を探るため、月尾教授が訪ねる。

#20「ブータン王国~世界が注目する幸福国家~」

#20「ブータン王国~世界が注目する幸福国家~」

2012年02月26日放送
2011年7月に国連が世界の長期方針のひとつとして「GNH」を採用した。GNHとは国民総幸福量。ヒマラヤの小国ブータンが国家理念として掲げているものだ。
ブータンの第4代国王ジグミ シンゲ ワンチユクは、1976年に「GNH(グロス・ナショナル・ハッピネス=国民総幸福量)」は、GNP(国民総生産)よりも重要である」と発表。物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを求めることを国民に提唱したのだ。2005年に政府が行った国勢調査によればブータン国民のなんと97%が「幸福である」と感じているという。
今回、月尾教授は、ブータン政府がGNHを実践するために定めた四つの政策(持続可能な社会経済開発・自然環境の保護・伝統文化の振興・優れた統治)が具体的にどのようなものであるかを探ってゆく。最初に訪れたのは、首都ティンプーから車で6時間ほどの小さな村。そこで見たものは村中に張り巡らされた電線。生活の改善のために電力の普及が進められていた。しかし、環境への負荷を少なくするために政府はある工夫をしていた。それはまさに「電力の地産地消」ともいうべき取り組みだった。
また、ブータンでは憲法によって「森林面積を永久に国土の6割以下にしてはならない」と定められている。そのため、国民総出で植林をする「社会林業の日」を定めたり、一本の木を伐採するにも国の許可が必要だったりと、大変な努力と厳しいルールが課せられている。国民も自然保護の重要性を理解し、GNHのために政府と力を合わせているのだ。
伝統文化の振興もGNHのために重要な役割を担っている。街中の建築物に伝統的な装飾を施すことを義務付けたり、授業はすべて英語だった小中学校で、公用語である「ゾンカ」の授業を取り入れたりと様々な取り組みを行っている。伝統文化を身近に感じ、国民としての誇りを持つことが「幸福」につながると政府は考えているのだ。
経済的な充足と心の充足のバランスをとりながら進める近代化。ブータン政府と国民の取り組みは、日本だけでなく、経済至上主義が破綻して進むべき道を見失った世界の国々に様々なことを教えている。

#19 ブータン王国~「足るを知る」生活で伝統を守る ~

#19 ブータン王国~「足るを知る」生活で伝統を守る ~

2012年01月22日放送
九州程度の面積に70万人弱の人々が暮らす小国ブータン王国。国土は険しい山岳と急峻な渓谷によって分断され、谷ごと、村ごとに言葉や習慣が違うといわれるほど多様で複雑な文化を持っている。
1972年に即位した第4代国王ジグミ シンゲ ワンチユクが提唱した「GNH(グロス・ナショナル・ハッピネス=国民総幸福量)」は、GNP(国民総生産)至上主義、経済発展至上主義に疑問を投げかけ、本当の幸福とは何かを考えようというもの。ブータン国民の多くは「自分は幸福だ」と感じているという。一方で、ブータンはチベット仏教を国教とする世界で唯一の国。人々の暮らしには仏教の教えが深く浸透している。
今回、月尾教授が訪れたのはブータン東部タシガン地方。ここに住む人々も、決して物質的な豊かさを追い求めるのではなく、心の豊かさを大切にしている。それはまさに「足るを知る」生活。
例えば、タシガンの人々は、絹織物を作ることに長けており、その繊細で美しいデザインの生地をもとめて、ブータン中から人々が彼らの村へ買い付けに来る。しかし、人々は絹織物を産業として発展させようとは考えない。工場や、問屋などのシステムを作ることなどせず、あくまで、家庭内で女性が時間を見つけては、織り上げるだけにとどめている。米作を中心とした自給自足生活を送る彼らにとって、お金はあくまで余計なもの。欲をかけばきりがないことをタシガンの人々は伝統的に知っており、いまでもその精神は受け継がれているのだ。そんな彼らにとって非常に重要な存在が地域の菩提寺。例えば家族などが病気になると、医者に行く前にまず菩提寺の住職に相談しに行くのだという。
さらに月尾教授は、村の中心部にある仏教寺院を訪ねる。ここは全寮制の学校を併設しており、およそ80人ほどの修行僧が寄宿生活を送っているが、授業、衣服、食事など費用はすべて村人たちの寄付でまかなわれている。
修行僧たちは、貧困のため食事もままならない家庭からやってきた子供がほとんど。相互扶助の精神が強いタシガンの人々は、自らの生活を切り詰めてでも、寄付することを選ぶという。
東部ブータンの人々の、足るを知り、相互扶助を尊ぶ暮らしぶりは、私たち日本人が失いつつある精神を思い起こさせてくれる。




#18「森とともに生きる山岳民族の精神 ~ベトナム 少数民族~」

#18「森とともに生きる山岳民族の精神 ~ベトナム 少数民族~」

2011年08月28日放送
ベトナム北部の山岳地帯は、夏は雨が多く冬は乾燥するという温帯性気候。ここでは、数多くの少数民族が森を敬い、その恵みを活用して生きてきた。月尾教授がまず訪れたのは、ハノイから車で2時間、ホアビン省にあるムオン族の集落。伝統的な歌や踊り、風習などを守り続けているムオン族。米や野菜を作って自給自足の生活を送る彼らにとって欠かせないのが「水」。森の水源が動物などに荒らされないように定期的にパトロールしている。また森の木々は豊かな水を保つだけでなく、家の建材としても利用されてるが、必要以上に伐採しないように厳しく管理されている。森林の経済的価値だけでなく環境的価値を認識している彼らの活動は私たち日本人にも大いに参考になるものなのだ。続いて月尾教授が向かったのは、中国国境と接するハザン省に暮らすヌン族の集落のひとつ。ヌン族の集落には、森の神様が住むと信じられている神聖な森が必ずある。普段はこの森で木を切ったり薪を拾ったりすることはおろか、足を踏み入れることも禁じられている。その森に人々が入ることができるのが、森の神様に五穀豊穣と村人の健康を祈る森の儀式を行う日だ。今回、テレビカメラが初めて捉えたその儀式は、ヌン族の人々と森との切っても切れない深い関係を象徴するものだった。それはまた、私たち日本人が失ってしまった文化の根源を思い起こさせてくれるものでもあった。

#17「棚田が共存させる農業と環境 ~ベトナム 少数民族~」

#17「棚田が共存させる農業と環境 ~ベトナム 少数民族~」

2011年07月24日放送
近年、経済発展著しいベトナム。実は54の民族からなる多民族国家。人口のおよそ9割を占めるのが都市部に住むキン族。残りの53の少数民族は主に山岳地帯に住んでいる。2000m級の山々が連なるベトナム北部でも10を超える少数民族が伝統文化を守りながら自給自足の暮らしを送っている。月尾教授がまず訪れたのは、ハザン省にあるヌン族の集落。山の斜面に作られた何百段もの棚田の中に高床式の住居が点在している。この集落で農業を営むコンさん一家は3世代7人家族。棚田で米や野菜を作る、昔ながらの素朴な生活です。実は棚田は農作物を作るという本来の目的以外にも様々な役割を担っている。それは、山間で暮らす少数民族ならではの工夫や知恵。彼らが何百年も守り伝えてきたものだ。生産と生活、農業と環境が混然一体となった彼らの暮らしは、環境時代の農業の在り方の原点を示しているようだ。次に月尾教授が向かったのは、同じハザン省の花モン族の集落。ベトナムの少数民族の中でも、ひときわ美しい民族衣装で知られている。月尾教授が訪ねたニャーさんは、お米のほかにベトナムでは少数民族だけが栽培しているという山岳地帯特有のお茶を作っている。それが、サントゥエット。今では無農薬の高級ブランド茶として都市部のキン族の間でも人気だ。また、すべて手作りの民族衣装のための麻の生地も自分たちで作っている。自然と共存し、食べ物だけでなく着る物も自分たちで作る。それはまさに「身土不二」の世界。自分たちの暮らす土地の風土に適したものを作り、食べ、身につける。私たちが参考にすべき生活が、時代を超えて受け継がれていた。

#16「伝統を守る海洋民族の子孫 ~ミクロネシア ヤップ島~」

#16「伝統を守る海洋民族の子孫 ~ミクロネシア ヤップ島~」

2011年02月13日放送
多様な文化を持つ600以上の島からなるミクロネシア連邦。東南アジアやメラネシアなど様々な地域から長い時間をかけ海を越えて人々が移り住んできたと考えられている。なかでも航海術に長けたヤップの人々。彼らの祖先は大型のカヌーを使って大海原を行き来していた。19世紀以降、外国の支配をうけながらも独自の文化や伝統を維持してきたヤップの人々。その象徴ともいえるものが「石貨」。いまでも実際に使われている。と言っても、その役割は私たちが使っている「お金」とはかなり違う。一つ一つ大きさも価値も異なる石貨。それは人々がお互いに信頼し合っていることの証でもある。そしてヤップはミクロネシア連邦のなかで唯一の父系社会。いまでも村での重要な決めごとは男性集会所に集まった男性たちが話し合いる。またかつては、長期の漁や航海に出る前に集会所で男たちが少年たちに長年伝わる技術や知識を教えていた。その伝統を廃れさせないようにと今でも子供たちに漁の技術などを教えているフィギールさん。その姿は、ヤップの父系社会を体現しているようだ。伝統的技術の宝庫ともいうべきヤップ。島には特に卓越した技術を持つ「マスター」がいる。薬草マスター、建築マスターなど生活になくてはならないものがほとんどだが、ヤップならではと言えるのがナビゲーションマスター。伝統の航海術や操船技術が廃れかけている今、ヤップでは伝統学校を創設して技術の伝承に努めている。ヤップの人々は海洋民族としての誇りを決して忘れていないのだ。多文化の時代と言われる現代、周囲を海に囲まれた島国に住む私たち日本人も自国の中に閉じこもるのではなく、ヤップの人々のように外の世界を目指し、異なる文化との共存を目指すべきではないか。

#15「珊瑚礁の海と共存する人~ミクロネシア ポンペイ島」

#15「珊瑚礁の海と共存する人~ミクロネシア ポンペイ島」

2011年01月09日放送
太平洋の赤道付近に位置するミクロネシア連邦。東西2500㎞にわたって点在する600以上の島から成る国。今回訪れるポンペイ島は連邦最大の島。年間降水量5000㎜という世界でも有数の多雨地帯。その雨のおかげで豊かな植生に恵まれ、地元のマーケットは様々な野菜・果物があふれている。しかし、土壌が薄い熱帯性気候の土地でもあり畑を作っても雨で土が流されてしまうのが悩み。そんなポンペイで昔から行われているのがアグロフォレストリー。畑を作らず自然の森の中で野菜や果物を栽培するのだ。もうひとつ、ポンペイ島の人々にとって大切なものが海。島を囲む珊瑚礁が豊かな海の恵みをもたらしてくれる。「海の森」とも呼ばれ、海洋生物の25%が恩恵を被っているといわれる珊瑚礁。珊瑚礁の海を守ることは漁業資源の保護にもつながる。そんな思いからポンペイ島では、珊瑚礁の海に8か所の海洋保護区を設け海洋資源の調査・保護に努めている。自然環境に手を加えず、そこから得られる恵みを享受するポンペイの暮らし。日本人が忘れてしまったものを思い出させてくれた。

#14「天空の湖で究極の地産地消 南米ペルー アンデスの民」

#14「天空の湖で究極の地産地消 南米ペルー アンデスの民」

2010年08月08日放送
南米大陸を南北に走るアンデス山脈。そのほぼ中央、ペルーとボリビアの国境をまたぐ
標高3890mのチチカカ湖はインカ帝国発祥の地。そこに暮らす先住民族は、湖から様々な
恵みを受けながら自給自足の生活を送っています。
月尾教授がまず訪ねたのは湖上の浮島に暮らすウロ族の人々。浮島の数は大小100あまり。彼らは、湖に生えるトトラという植物を浮島や家、移動のための船の材料としてだけでなく、畑作りや料理など生活のあらゆる場面で活用しています。そしてウロ族の人々のシンプルライフを象徴する極めつけが「引越し」。浮島ならではの驚きの引越し方法とは?
続いて訪れたのは、チチカカ湖にある島のひとつタキーレ島。全長6Km。面積12k㎡。ほとん
ど平地のないこの小さな島に暮らすケチュア族の人々は、限られた土地を最大限かつ効率的に活用しながら農作業を行っています。そのひとつが、アンデスの語源となったとも言われる
アンデーネス。島の斜面全体に広がっている段々畑のことです。こうすることで狭い島の中に
耕地を確保しているのです。
さらにタキーレ島は、6つの地区に分けられ、それぞれの地区で毎年何を栽培するか、いつ休耕するかが島で決められています。輪作と休耕を組み合わせることは、けっして肥沃とはいえない島の土地から安定的に収穫をあげるための工夫なのです。もう一つタキーレ島で忘れてならないのが、編み物や織物の文化。老若男女を問わず誰でも編み物をするタキーレ島では、自分の着るものは自分で作るのです。かつてはアンデス地域全体に見られた伝統文化ですが、いまでは珍しいものになってしまいました。
身近なところにあるものを有効に活用し豊かな生活を送る。チチカカ湖の人々の究極の地産地消の生活には、私たち日本人にとっても見習うべ知恵がたくさんつまっていました。

#13「急峻な高地で守る生物多様性 南米ペルー アンデスの民」

#13「急峻な高地で守る生物多様性 南米ペルー アンデスの民」

2010年07月11日放送
世界の人々の食物となっている様々な植物。その原産地は地球上の7箇所ほどに集約されると言われています。それらの多くは赤道をはさんで緯度が低く標高も低いところにありますが、南米アンデスは海岸線から標高が3000mを超える高地にまで渡っています。その過酷な自然環境は食物の栽培に適していないと思えますが、インゲン、ピーナッツ、カボチャ、トマトなど私たちの食生活にもなじみの深い植物の原種が存在しているのです。中でもアンデスから世界中に広まり、過去数百年のあいだ人類にとって重要な食料となっているのがジャガイモ。アンデスでは原種だけでなく、1000種類を超えるジャガイモが、いまでも栽培されています。
世界各地で人口増加や環境破壊などによる食糧危機が懸念される現在、遺伝子資源の宝庫であるアンデスは、いま改めて世界中から注目されているのです。
月尾教授が訪ねたのはペルー。インカ帝国の首都だったクスコから程近いピサック村に暮らすケチュア族の一家。標高差の大きい急峻な土地で昔ながらの農法を守り、多様な作物種を維持・栽培してきた彼らの知恵は、日本のみならず世界の人々にとって今後益々重要になってゆくのではないでしょうか。

#12 「地方主権が守る自然と伝統 カナダ イヌイット」

#12 「地方主権が守る自然と伝統 カナダ イヌイット」

2010年03月21日放送
1999年に誕生したカナダ北部のヌナブト準州。人口3万あまりの内、8割以上がカナダの先住民族イヌイット。ヌナブトは先住民族に対して大きな政治的権限を与えた、世界でも例を見ない画期的な行政単位です。準州政府は誕生と同時に環境保護や野生生物保護のために様々な対策を実行しています。カナダ北部は石油、銅、ニッケルなど豊富な地下資源を埋蔵しており、その開発が自然環境に悪影響をもたらすと心配されているのです。イヌイットの生活の糧である野生生物への打撃も懸念されています。ヌナブト準州における環境対策の一番の特徴はイヌイットの伝統的知識を積極的に取り入れ、現代科学との融合によって最適な解決策を見出そうとしていること。月尾教授は、環境大臣やHTO(ハンター組合)などを訪ねて、それぞれの取り組みの基本的な考え方や具体的な内容を聞きます。また、準州政府はイヌイットの伝統を維持するために最も大切な「言語の復権」を目指し、教育を含む全ての行政サービスにおいてイヌイット語がより幅広く使えるように公用語法を改定したのです。イヌイットの様々な取り組みは地方主権への動きが中々進まない日本にとって、大いに参考にすべきものと言えます。

#11 分かち合いで生きる極北の民 カナダ イヌイット

#11 分かち合いで生きる極北の民 カナダ イヌイット

2010年02月28日放送
今回訪ねるのは、カナダ北部ヌナブト準州。
北半分が北極圏に含まれるこの州は、日本の5倍ほどの面積に人口はわずか3万人あまり。そのうちおよそ26000人がカナダの先住民族イヌイットです。かつては移動しながらの狩猟生活を送っていた彼らも、毛皮取引を通して西欧社会とのつながりができるにつれ、定住し町で仕事をする者が増えてきました。しかし現在でも昔ながらの狩猟を生活の基本にしている人もいます。北極圏の町ポンドインレットに住むチャーリーさんもそんな一人。月尾教授は彼らの狩りに同行します。極北の過酷な自然の中で生きてきたイヌイットの人々が長い時の中で培ってきたのが「分かち合い」の精神。たとえば仕留めた獲物は、その場で解体しますが、その肉は誰が食べてもかまわないのです。脈々と受け継がれる伝統精神、それは町で現代的な生活を送るイヌイットの人々の間にも生き続けています。その代表的な例が、ハンターサポートプログラム。狩りに行きたくても経済的な理由で行けない人に狩猟道具を貸したり、ハンターから獲物を買い上げて、老人世帯などに無料で配布しているのです。

次回は

次回は

2010年02月28日放送

#10 多様性が生み出す適応力 モンゴル 悠久の遊牧民

 #10 多様性が生み出す適応力 モンゴル 悠久の遊牧民

2009年11月29日放送
今回訪ねるのはモンゴル南部に広がるゴビ砂漠。年々、降雨量が減り人間だけでなく動植物にとってもますます過酷な自然環境となっています。ゴビでは牛、馬、山羊、羊、ラクダの五種類の家畜を飼うのが一般的です。季節ごとに様々な乳や肉が手に入るからという理由だけではなく、環境の変化や病気の流行というリスクに対しても、違う種類の家畜を飼っているほうが適応力が増すのです。また家畜によって食べる草の種類も違うので、草原の維持という点からもメリットがあります。モンゴルでは遊牧民は季節ごとに住む場所を変えていきますが、ゴビでは夏の間だけでも頻繁に引っ越します。これはオトル式と呼ばれるゴビ特有の遊牧形式で、家畜が周辺の草を根こそぎ食べてしまう前に移動することで草原の減少を食い止めることに役立っています。遊牧のスタイル自体も地域によって多様な形があるのです。近年欧米では、組織の多様性を図るCDO(最高多様性責任者)を置く企業が増えています。人種・国籍・宗教などに拘らずに多様な人材を採用することで競争力や成長力を保とうというものです。遥か昔から多様性の大切さに気が付いていたゴビの遊牧民たち。社会や環境の急激な変化に対応するために私たちが見習うべきことがたくさんあるようです。

#9 モンゴル 巡る季節に合わせて生きる

#9 モンゴル 巡る季節に合わせて生きる

2009年10月25日放送
今回の舞台はモンゴル。2000年以上前から遊牧生活を行っている人々の生活に焦点をあてます。モンゴルの人々は季節に合わせ、家畜の草をもとめて年に4回移動します。移動を行うことで、土地が休む時間を与え、また1年後には牧草が繁っている、、、という自然の力を最大限生かしています。また、野菜などを入手しにくい気候でもあり、栄養のほとんどは家畜から得なくてはなりません。その中心は乳製品。遊牧民はミルクを余すところなく、さまざまな加工品にしていきます。無駄を出さない、まさに職人芸ともいえる彼らの乳製品加工技術なのです。また、「ゲル」とよばれる彼らの住居も土地の材木や毛皮を使っています。衣・食・住ともに「地産地消」の生活を実践しているのです。14世紀初頭の中国の経典に「身土不二」という言葉があります。人間の身体と周辺の環境は一体であり、自分の周辺で作られた食べ物を食すのが健康に最もよいという考え方です。モンゴルの人たちは、真の「地産地消」を行うことで、「身土不二」の生活も実践しているのです。世界中から食料、さまざまな原材料を輸送しなくては生活が成り立たない日本。環境や健康な生活を考える上でも、モンゴルの人々の生活から学べる点があるのかもしれません。

#8「熱帯の民が守る循環社会 オーストラリア・アボリジニ」

#8「熱帯の民が守る循環社会 オーストラリア・アボリジニ」

2009年07月26日放送
今回月尾教授が取材するのは、オーストラリア・アボリジニのうち、熱帯に住むコミュニティーです。人類が農耕牧畜に寄ってたつ生活を始めて1万年。現在までに地球の森林面積は40%も失われました。毎年北海道の面積と同じ森林が消えている計算になります。人間は地球上の豊かな自然の蓄積を取り崩して進歩してきたのですが、現在の世界ではこの「蓄積を取り崩す」生活から、資源やエネルギーなどを「循環」させる方式への転換が声高に叫ばれています。サスティナブルな社会の実現と環境保護という言葉が膾炙されています。
ところが、皮肉な現実も生じています。「西欧的」な「自然保護観」の影響の下、オーストラリアでアボリジニたちが伝統的に行ってきた「野焼き」が行われなくなった結果、逆に大規模な森林火災が頻発することになったのです。「西欧的」な「自然保護観」とは、人間が関与しない自然の状態を保ってゆくべきだとする考えなのですが、これがあだとなって逆に森林が破壊されるという現実が起きてしまったのです。オーストラリアのアボリジニたちは、何万年ものあいだ、野焼きによって堆積する枯れ木や枯葉を焼き払い、山火事が起きた場合に大規模な延焼を防ぐ仕組みを作ってきたのです。彼らの「自然保護観」は人間が自然に関与することで、両者が持続性を保つ、、、。アボリジニたちの自然観の中に私たちが学ぶこと、作り上げるべき社会へのヒントが掴めるかもしれません。

#7「オーストラリア・アボリジニ 砂漠を生きる悠久の知恵」

#7「オーストラリア・アボリジニ 砂漠を生きる悠久の知恵」

2009年06月28日放送
オーストラリア大陸のほぼ中央部、かつては「エアーズロック」と呼ばれた世界で二番目に大きな単一の岩石があります。現在では、「ウルル」と呼ばれるようになったこの岩石、現地のアボリジニの言葉で「岩」を意味し、古くから彼らにとって重要な聖地でした。このため、オーストラリア政府は現地人の意向をうけて、古くからの「ウルル」という名称に正式に戻したのです。
先祖代々、ウルルを聖地としてきたアボリジニの生活は無文字社会の時代から「ドリーミング」という口頭継承の神話がアボリジニの生活の掟や土地の管理の決まりごととなっています。
狩猟・採集もこの「ドリーミング」にしたがって行われ、男たちはカンガルーを狩り、女性たちは「ハニーアント」という、食用となる豊かな甘みをもったアリを掘り出します。
決して豊かな土地ではありませんが、アボリジニの伝統的な手法で狩猟・採集される食物には、農業で得られるものに比べて、栄養価が高いことも注目されています。現在では「ブッシュタッカー」と呼ばれ、レストランでも食すことが可能です。
厳しい乾燥した大地で水を探す方法、食物となるカンガルーなどを狩猟する手段、彼らの何万年にもわたって受け継がれてきた神話と生活の規範。この中に、人類が直面している環境問題を解決し、環境と調和した人間の持続可能性を見出すことができるかもしれません。

#6「自然は子孫からの預かり物」

#6「自然は子孫からの預かり物」

2009年03月29日放送
アメリカ合衆国南西部には、アリゾナ州を中心に4つの州にまたがる土地に住む、ナバホ族という先住民族がいます。雨が1年間に100ミリほどしか降らない乾燥した土地で、彼らはさまざまな知恵を使い、大地と共存しながら生きています。
自らが住む土地への尊敬は、彼らの農法に表れています。乾燥した土地であっても、化学肥料は一切使わず、土壌を自然のあるがままに近い状態に保っているのです。
この土地への尊敬が基礎になって、乱伐された森林を回復する活動が実を結び始めてきました。アメリカ杉の乱伐の結果、荒廃した山。彼らは植林という手段ではなく、山の形を「自然の形に戻す」という方法で森林を回復したのです。山の形を元に戻すことで、眠っていたふるい株が新しい目を吹き出します。そして、川に自然と同じような「よどみ」をつくることで、魚が住み着くきれいな川が復活します。
古くから、自然にあらわれる個々の事象のつながりに注目していたナバホ族。生態系という本当の意味を知っていたといえるのかもしれません。

#5「女性が拓く持続可能な社会」

#5「女性が拓く持続可能な社会」

2009年02月22日放送
アメリカ、ニューヨーク州の北部に「イロコイ連邦」というアメリカインディアンの自治区があります。今でもアメリカインディアンが独自の文化を守りながら暮らし、アメリカ合衆国の中にありながらも、独自のパスポートを発行したりしています。
この「イロコイ連邦」、5つの部族から成り立っていて、アメリカが建国の際に、その政治システムを参考にしたことなどから、「世界初の連邦国家」とまで言われています。
さらに、この国家群、リーダーが代々女性であり、西洋人が侵入してくるまで、永きにわたって平和を維持してきたのです。
そして、現在も行き続ける母系社会。現代人が学ぶべきものがあるのかもしれません。

#4「国境を越えて守る命北欧 ラップランド サーミ」

#4「国境を越えて守る命北欧 ラップランド サーミ」

2008年12月07日放送
「辺境の地」を意味するラップランド。スカンジナビア半島北部からロシアにかけて北極圏に広がる広大な地域は、その名前の通り厳しい自然環境で知られています。その地でトナカイとともに暮らす先住民族サーミ。今から一万年ほど前に南の地域からトナカイを追って北上しラップランドに住みついたとも言われています。かつてはトナカイと共に餌を求めてラップランドを自由に行き来していました。しかし、北欧各国の国境が定まった18世紀以降、サーミの人々は定住生活を強いられるようになり遊牧生活は次第に廃れてしまいました。しかし、国境や行政区域にとらわれない生き方や考え方は、現代のサーミにも受け継がれています。国境を越えて自然を守り、文化や言語を継承する。異なる国や地域に分かれ住むサーミの人たちが力を合わせてねばり強く行っている活動は現代日本に生きる私たちにとっても多くの示唆に富んでいます。

#3「極寒の自然と共生する 北欧 ラップランド サーミ」

#3「極寒の自然と共生する  北欧 ラップランド サーミ」

2008年10月26日放送
北欧の先住民族サーミの人々がトナカイとともに暮らすラップランド。「辺境の地」を意味する、その名前の通り北極圏に広がる広大な地域は、厳しい自然環境で知られています。今から一万年ほど前に南の地域からトナカイを追って北上しラップランドに住みついたとも言われているサーミ。白夜の短い夏と全く太陽が顔を出さない長くて厳しい冬を過ごす中で、極寒の自然と生きる叡智を身につけてきました。
月尾教授が訪ねたサーミの人々は、最近の自然環境の変化や急激な社会の発達にとまどいながらも、極寒の地で育んできた自分たちの伝統や文化を守り次の世代に伝えるための様々な努力をしていました。それは、まさに自然と共生していく生き方でした。彼らは、現代の日本に生きる私たちにも多くのことを教えてくれるのです。

#2「神々の恵みと生きる~ニュージーランド マオリ~」

#2「神々の恵みと生きる~ニュージーランド マオリ~」

2008年07月27日放送
ニュージーランドの先住民族マオリの叡智を探る旅の第2回。今回も月尾教授はワーキングホリデーでニュージーランドに滞在中の牧野希美さんとマオリの人々を訪ねます。タネマフタ(森の神)と呼ばれるカウリの木があるワイポウアの森。ニュージーランドを発見したといわれている先祖クペがたどり着いたホキアンガ湾。そしてクジラ伝説が伝わる漁業の町カイコウラ。そこに暮らすマオリの人々は、すべてのものを神の恵みととらえ、大切に守り生きる糧としています。自然を利用するのではなく自然の中に生きる。マオリの人々の叡智が現代の社会に脈々と伝わっていました。

#1「聖なる大地を守る~ニュージーランド マオリ~」

#1「聖なる大地を守る~ニュージーランド マオリ~」

2008年06月29日放送
10世紀頃にポリネシアの島々から渡来してきたと言われているニュージーランドの先住民族マオリ。彼らは1840年に英国人とワイタンギ条約を結んで主権を譲渡して以降も自分たちの文化や伝統、言語を守り伝えて来ました。月尾教授はワーキングホリデーでニュージーランドに滞在中の牧野希美さんと、現代に生きるマオリの人々を訪ねます。二人が出会ったのは自然の力を日々の生活の中で活用し、そして自然や資源を守ろうと努力している人々。特に土地はマオリにとっては「神からの借り物」であり、けっして他人に売ってはいけないものです。先祖代々の土地を守り継ぐマオリの人々はまさに大地と共生する民でした。

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