「江戸のススメ」検定問題

2012年6月4日 放送更新版

問一

以下の中で、大奥女中の職制にないものは?

い)御小姓

ろ)御坊主

は)御局

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【回答】は)御局
【解説】

大奥の全てを差配する「御年寄」の部屋付き女中の女中頭を「局(つぼね)」といいましたが、幕府が直接召し抱える大奥女中に「御局」という職制はありません。「御小姓」とは御台所の小間使いで、7~8歳から15~16歳の少女が多く、煙草や手水の世話をしていました。「御坊主」とは剃髪姿の将軍付きの雑用係です。50歳前後が多く、奥女中で唯一、中奥への出入りが許されていました。

問二

大奥女中で将軍の側室となる者は、どの職階から出るでしょう?

い)御錠口

ろ)御中臈

は)御右筆

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【回答】ろ)御中臈
【解説】

将軍の子を産める側室になれるのは、将軍や御台所の身の回りの世話をする御中臈という役職です。将軍の手がついた御中臈の最大の役目は、世継ぎを産むことです。側室といっても、将軍の生母にならなければ、女中のままで、それほど大きな権力を持てなかったといいます。

問三

将軍の正室から生まれた将軍は、次の内誰でしょう?

い)家光

ろ)綱吉

は)家綱

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【回答】い)家光
【解説】

家康を除く徳川14代で、将軍の正室の生んだ子で将軍となったのは3代家光だけです。家光の母は、「江(ごう)」の名で知られる於江与(おえよ)です。2代秀忠と於江与は弟の忠長を寵愛しましたが、乳母である 福(後の春日局)が家康に進言し、家康により、家光を世継ぎとすることが決められたということです。

問四

絵島生島事件で廃座となった芝居小屋の名は?

い)市村座

ろ)森田座

は)山村座

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【回答】は)山村座
【解説】

江島生島事件は、正徳4年(1714年)の大奥を中心とした綱紀粛正事件です。大奥大年寄の絵島が芝増上寺への代参後に、山村座で芝居を見物、生島新五郎と遊興に及び閉門時刻に間に合わなかったことを契機になされました。その処分として、江戸四座の一角・山村座は廃座となりました。それ以後、江戸町奉行に許可された芝居小屋は、中村座、市村座、森田座の三座のみとなりました。

問五

11代、13代将軍の御台所(将軍の妻、正室)は何家の出身でしょう?

い)薩摩藩・島津家

ろ)佐賀藩・鍋島家

は)会津藩・松平家

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【回答】い)薩摩藩・島津家
【解説】

3代以降の御台所は、京都の天皇家、宮家や公家から迎え入れるのが慣例でしたが、11代と13代は薩摩藩・島津家の出身です。二人とも島津家から近衛家の養女となり嫁ぎました。11代家斉の御台所となる寔子(のちの広大院)は、家斉が将軍世子となる前から婚約していました。篤姫(篤君)の名で知られる天璋院は、2人の正室と死別した家定にとって3人目の正室でした。

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