今週の謎

#59 2013年5月20日放送

今週のテーマ:「江戸の町作り」

今でこそ高層ビルが立ち並ぶ大都会、東京ですが、400年前の江戸時代は、葦が生い茂る一面の原野でした。そんな僻地を大胆な都市開発で日本一の城下町へ作り変えたのが徳川家康です。その思惑は何だったのでしょうか。さらに、江戸の町で行われた不動産売買の実態や現代に発見された江戸時代の人骨などから、江戸の町作りにまつわる謎に迫ります!

「今週のふれーず」
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江戸のうんちく学

天下統一を果たし、征夷大将軍となった家康は、慶長8年、江戸に幕府を置き、城下町の建設を始めます。しかし、まだ未開の地であった江戸は、町作りをするための土地が十分にありませんでした。そこで、家康は、諸大名に「普請」を命じ、全国から4万人にも及ぶ人足を集め、土地の開拓を始めます。この工事は、規模の大きさから「天下普請」と呼ばれました。関東の田舎町の江戸を日本一の都市にしたい!その思いから家康は京の都を参考に都市計画を推し進めました。町作りは、まず、道の作りに現れます。当時、城下町と言えば、戦国時代の名残から敵の侵入を防ぐため、入り組んだ道を作るのが定石だったのですが、家康は京のような碁盤目に区切られた町割りを採用しました。経済を発展させるには、道がわかりやすい方がいいと考えたからでした。京の町を参考にして進められた、町作りは、家康の思惑通り成功を収め、江戸は大きな発展を遂げました。今もなお、日本の中心として役割を果たし続けています。

江戸あらかると

川越・蔵造りの街並み

川越・蔵造りの街並み

小江戸と呼ばれる埼玉県川越には江戸の町作りに欠かせなかった建築様式を残す「蔵造りの街並み」という場所があります。ここでは土蔵造りの建物が数多く残り、現在の東京では見られない江戸の面影が垣間見えます。この土蔵造りの建物は火事の多かった江戸の町に防火の目的で奨励された物でした。現在では「蔵造りの街並み」は平成11年12月に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、江戸時代の雰囲気を味わえる事から観光に訪れる人も多くいるようです。

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江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌