今週の謎

#58 2013年5月13日放送

今週のテーマ:「江戸の宿場町」

江戸時代の交通網は、日本橋が五街道すべての起点となりました。日本橋から最初の宿場町となったのが、江戸四宿と呼ばれる品川、千住、板橋、内藤新宿という四つの宿場町。そこで働く飯盛女が、江戸の市民を引きつけました。盛り場として独自の発展を遂げた江戸四宿。その知られざるサービスの実態とは?

「今週のふれーず」
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江戸のうんちく学

日本橋から二里の場所にある東海道一つ目の宿場町、品川宿。東海道随一の宿場として、繁栄を遂げていきました。そんな品川に「東海寺」という徳川家光が建てたお寺があります。家光に命じられて最初の住職になったのが、沢庵宗彭というお坊さんでした。今なお食べられている“たくあん漬け”。その名前の由来は、沢庵和尚が考え出したという説や、沢庵の墓石が「たくあん石」に似ている説などもありますが、次のような話も残っています。お城で出される料理に飽きた家光は、ある時、沢庵が美味しい料理を出すという噂を聞きつけ、東海寺を訪れたといいます。家光が沢庵に「何か珍しい食べ物はないか?」と頼むと、おぼんに湯をかけただけのご飯と漬け物が出てきました。料理をみた家光が「この漬け物はなにか?」と聞いたところ、沢庵は「たくわえ漬けと言います」と答えました。そこで家光が「今日からはこのたくわえ漬けを和尚の名前にちなんで「沢庵漬け」と名付けてはどうか」と言い、それ以来、「沢庵漬け」になったということです。

江戸あらかると

今なお残る江戸の四宿跡

今なお残る江戸の四宿跡

江戸時代、日本橋を起点とした五街道の一番目の宿場町は東海道の品川宿、甲州街道の内藤新宿、中山道の板橋宿、日光・奥州道中の千住宿で、これらは「江戸四宿」と呼ばれていました。実はそんな江戸の名残は私達の身の回りですぐ感じる事が出来るのです。例えば、千住仲町の交差点付近には「問屋場跡」と書かれた石碑が残され、問屋場の跡だったことが記されています。他にも江戸時代品川宿の人気スポットだった「海晏寺」や名所の一つであった板橋宿の「縁切り榎」、飯盛り女の供養碑がある内藤新宿の「成覚寺」など今なお残っています。みなさんも是非一度、身近なところで江戸時代を感じる事ができる、四宿巡りをしてみてはいかがでしょうか。

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江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌