今週の謎

#57 2013年5月6日放送

今週のテーマ:「五代将軍・徳川綱吉」

五代将軍・徳川綱吉。彼が出した「生類憐れみの令」は庶民たちを翻弄し、天下の悪法とまで言われました。独裁政治を行い「暴君」とも言われた綱吉。その影には、母親と謎の僧侶の姿がありました。今回は、「徳川綱吉」に秘められた謎を解き明かします!

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江戸のうんちく学

多くの人々を翻弄し、天下の悪法と言われた「生類憐れみの令」。綱吉がこんな法令を出した背景には、2人の人物の存在がありました。一人は綱吉が敬愛した生母・桂昌院。そしてもう一人が綱吉・桂昌院親子が絶大な信頼を寄せた僧・隆光です。一説によると、綱吉の後継誕生を切に願っていた桂昌院に対して、隆光が「世継ぎが生まれないのは将軍様が前世に殺生を多くおこなった報いであり、世継ぎを授かるためには、殺生を禁止させることが必要である」と進言。その進言を受け入れた桂昌院が綱吉に「生類憐れみの令」を出すことを指示したと言われています。江戸庶民を苦しめた「生類憐れみの令」ですが、特に厳しかったのが江戸城内です。虫を見つけた際には必ず声をかけ、素手では触らず安全に外に逃がす等、細かい取り決めがいくつもありました。ただ、人間も、その法令の対象になっていて、捨て子の禁止や老人の介護、病人の保護等、現在の福祉政策に繋がる先進的な側面もあったのです。将軍の強力な指導のもと、経済を発展させ、社会の「平和」、そして「文明化」を目指した綱吉でしたが、生類憐れみの令に執着した独裁政治に、非難が強まる一方でした。そんな中、綱吉を常に庇護した母・桂昌院が他界。一番の理解者を失い孤立を深めた綱吉は、63歳で寂しくこの世を去りました。

江戸あらかると

桂昌院

桂昌院

五代将軍・徳川綱吉の生母・桂昌院。彼女はもともと青果商の娘で「お玉」という名前でした。その後、奥女中として大奥に入った彼女は三代将軍家光の寵愛を受けるようになり、側室として綱吉を出産。将軍の生母となったのです。青果商の娘から将軍の側室、そして生母となった桂昌院。今も使われる「玉の輿」という言葉はそんな彼女から生まれたと言われています。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌