今週の謎

#149 2015年2月23日放送

今週のテーマ:
「大老と老中~究極のNO.2の役割」

泰平の江戸時代。大きな停滞もなく徳川政権がこんなにも長く続いた要因の一つは、政治を運営していた幕閣たちの存在でした。そのトップに君臨する大老と老中は、時代によってその働きや地位、影響力が変わっていきます。そして、260年に渡るその変遷を見ていくと、長期政権の成功法、政権交代のあり方など、今に通じる政治の運営を学ぶことができるのです。

「今週のふれーず」
ダイジェスト動画

過去の放送一覧をみる

江戸のうんちく学

徳川家康が江戸に幕府を開いた当初、将軍の側で政治を助ける役職は、「年寄」と呼ばれ、「老中」という役職はまだありませんでした。徳川家光が三代将軍に就任した頃、「年寄」には家康の頃から仕えてきた古参の家臣が多く、家光にとっては扱いづらい存在となっていました。そこで、家光は自分に仕えていた若手の側近を起用し、「年寄」の補佐役である「六人衆」に任命して、幕府中枢の世代交代を図ることにします。その後、家光は古参の「年寄」に重大な案件のみに関わるよう申しつけて、「六人衆」から新たに昇格させた若手を幕府の中枢に据えます。ところが幕府内では依然として、「年寄」といえば古参の方を指していたため、若手のために新たな役職名が考えられることになります。当時、「年寄」は大名たちから「御年寄衆」と呼ばれていました。そこで「年寄」を同じ意味の「老」に、「衆」は同じく集団を指す「中」に換え、「老中」としたのです。これが以後定着し、「年寄」は「老中」と呼ばれるようになりました。

江戸あらかると

御用部屋坊主

御用部屋坊主

老中たちが執務を行う御用部屋で、雑務を担当したのが、「御用部屋坊主」です。老中の出勤前に部屋の掃除を済ませ、机や硯箱などを準備し、老中の執務中も部屋に常駐してお茶汲みなどをしました。そのため、幕府内の機密事項を耳にする機会も多く、中にはその情報を諸藩の役人に流すことで金品を得ていた者もいたようです。諸藩の江戸留守居役は、「御用部屋坊主」に金品を渡してコネを作っておかなければ、役が務まらなかったとまでいわれています。

過去の放送一覧

過去の放送一覧を見る

  • 公式ブック 謎解き!江戸のススメ
  • 公式モバイルサイト スマホ・携帯サイトにも対応
  • ダウンロード無料!番組オリジナルスマホアプリ
  • 「江戸のススメ」検定
江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌