今週の謎

#148 2015年2月16日放送

今週のテーマ:
「島原の乱はなぜ起きたのか?」

今から380年程前、島原・天草の領民が武装蜂起した「島原の乱」。この江戸時代最大の内乱は、なぜ起きたのか?「神の子」天草四郎率いる一揆勢3万7千人と「知恵伊豆」松平信綱率いる幕府軍12万人の攻防戦の結末は?そして本当の首謀者は誰だったのか?その裏に隠された悲しき歴史の真実に迫ります!

「今週のふれーず」
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江戸のうんちく学

3万7千人もの一揆勢を率いた天草四郎は、一説では当時15歳だったと言われています。四郎は、乱の首謀者である浪人たちの手により「神の子」として祭り上げられ、領民たちから崇められました。四郎は一揆勢の指導者というより、カリスマ性のある一揆軍のシンボル的存在だったようです。また、四郎は人々が見ている前で掌の上の鳩に卵を産ませ、中からキリシタンの経文を取り出すなど、四郎自身も一種の手品のようなもので自分を演出していました。四郎が奇跡を起こすと人々が信じていたのには、四郎は長崎に遊学し、医術を多少心得ており、病気を治すことができたということも関係していたようです。それを利用した浪人たちの企てにより、海面の上を歩いた、火の気のないところに火を灯した、盲目の少女に触れると視力を取り戻したなど、四郎の伝説は尾ひれをつけてどんどんと誇張され、一揆勢の総大将に成らざるを得なかったのです。

江戸あらかると

湯島と鉄砲隊

湯島と鉄砲隊

原城の沖合6キロに浮かぶ湯島は、別名・談合島と呼ばれています。乱の首謀者である浪人達は島原と天草のちょうど中間にあるこの島の山頂に隠れ家を設け、作戦を練り、槍や刀など武器の密造を行いました。一揆軍が鉄砲を持っていたのは、天草が天草筒という鉄砲の生産地であったためで、湯島では鍛冶を集めて武器を作らせていました。また、天草の各地には郡筒 (こおりづつ) と呼ばれる農民の鉄砲隊がおり、乱にもその郡筒が参加していました。そのため、原城の鉄砲隊長のほとんどは天草出身が多かったといわれています。

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江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌