今週の謎

#146 2015年2月2日放送

今週のテーマ:
「徳川家康は何故天下を取れたのか?」

長い戦乱の世を生き抜いて、史上稀にみる泰平の世を築き上げた、徳川家康ですが、何故、並みいる武将たちに抜きん出て天下を取る事が出来たのでしょうか?その戦略と知略、相手の心を読み尽くした人心掌握術に迫ります。

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江戸のうんちく学

慶長5年9月15日、天下分け目の「関ヶ原の戦い」が起こりました。西軍を率いるのは石田三成、東軍を率いたのは徳川家康です。兵の数で負けていた家康はどのようにして天下を取ったのでしょうか?関ヶ原の勝利の裏には家康の功名無類といえる戦術がありました。豊臣政権では禁止されていた諸大名たちと姻戚関係を結んだり、軍議の中で武将たちの忠誠心を確かめたりと様々な方法を使いました。その中でも最も効果があったのが筆不精だった家康が全国の大名に宛てた書状です。家康は関ヶ原の戦いの一ヶ月前から城に籠り、書状を出し続けました。その数は100人分、180通を超えたといいます。書状の内容は自分の味方につけば領地を与えるなど前線で戦う武将に実利を約束したものでした。結果家康の書状を受け取った大名たちの大半は味方についたと言われています。一方敵の石田三成も同じように書状を出していましたが、家康のように現実的な話ではなく、豊臣家への忠誠が書かれた抽象的なものでした。関ヶ原の戦いは相手の心を読みつくした家康の人心掌握術によりもたらされた勝利だったのかもしれません。

江戸あらかると

毛利の空弁当

毛利の空弁当

関ヶ原の戦いの前に西軍の総大将・毛利輝元は東軍の徳川家康と「戦闘に参加しなければ、毛利の所領は保証する」という密約を交わしていました。そのため毛利輝元が派遣した3万の兵は「今は弁当を食べているから出陣できない」などと理由をつけて、出陣しませんでした。このことを毛利の空弁当と呼びました。毛利輝元も関ヶ原には現れず、壇場で家康は一気に逆転しました。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌