今週の謎

#145 2015年1月26日放送

今週のテーマ:
「長谷川平蔵の真実~鬼平の素顔」

小説やドラマでお馴染みの「鬼平犯科帳」の主人公、鬼平こと長谷川平蔵。「火付盗賊改」という幕府の特別警察のような要職を務めていた実在の人物です。平蔵最大の功績は、「人足寄場」の設立。無宿人を構成させた驚くべき秘策とは?また功績はあるものの町奉行になれず、泣き言を言っていたという平蔵。なぜ出世出来なかったのか?人間味溢れる「鬼平」の真実に迫ります。

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江戸のうんちく学

「火付盗賊改」という役職が出来たきっかけは、明暦3年 (1657) 1月に起こった「明暦の大火」でした。火災後、江戸の町に盗賊団が入り込んで治安が悪化したため、寛文5年 (1665) に「盗賊改」という名で設置されたのが始まりとされています。その後、享保3年 (1718) に「火付改」と統合されて「火付盗賊改」が誕生しました。当時の定員は1名で、「御先手頭」を勤める者の中からの兼任でした。「火付盗賊改」が「御先手頭」の兼任から独立したのは、長谷川平蔵が亡くなって60年以上過ぎた文久2年 (1862) のことでした。 「火付盗賊改」の仕事は大変な激務で、正月や五節句を除いてほとんど年中無休でした。明六つ (午前6時) 頃には起床し、役宅にて調書に目を通すなどの執務、朝四つ (午前10時) 頃には江戸城に出向いて城内執務、昼八つ (午後2時) 頃、役宅へ戻って夜10時頃まで執務。それに加えて火事が発生すれば、昼夜を問わず放火犯探索のために出勤し、盗賊逮捕を行っていました。

江戸あらかると

人足寄場のその後

人足寄場のその後

人足たちの出所後は、基本的には出身地へ帰ることを奨励されており、帰れない場合は他の大名領へ移住という事も適用されていました。また江戸の住まいを希望する人には、住居と職も与えられ、社会復帰対策がされていました。寛政4年 (1792) に長谷川平蔵が「人足寄場取扱」の任を終えると町奉行の管轄となり、軽犯罪者も収容するようになりまいた。人足寄場は明治3年 (1870) まで運営され、平蔵が目指した社会復帰を目的とする精神は、石川島監獄署、巣鴨監獄、府中刑務所と受け継がれていきます。

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江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌