今週の謎

#138 2014年12月1日放送

今週のテーマ:「皇女和宮は不幸だったのか?」

激動の幕末期に日本の命運を賭けた政略結婚が取り持たれました。天皇の妹である「和宮」と十四代将軍徳川家茂です。決まっていた婚約を破棄させられ、江戸に嫁がされた和宮は本当に不幸だったのか?また夫、家茂との関係はどうだったのか?皇女和宮の視点から激動の幕末を見ていきます。

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江戸のうんちく学

徳川幕府は朝廷と婚姻関係を結び公武合体を行うことで幕府の権威回復を図ろうとしました。選ばれたのは家茂と同じ歳の和宮でした。朝廷で和宮の輿入れは大きな議論を巻き起こしますが、幕府に攘夷の実行を約束させることを条件に和宮と将軍の婚礼を受けました。婚礼の行列は前代未聞の大行列となりました。その人数は8,000人、長さは約50万kmにも及んだといいます。和宮の行列が通過する際には街道から見える見苦しいものは撤去しなければならない、男は家の裏に隠れるようになど様々なお達しが出ました。江戸では朝廷と幕府の対立が解消され、治安もよくなるという期待が高まる一方、都意識が強い京の庶民たちは和宮が人質に取られたのだと否定的でした。

江戸あらかると

和宮

和宮

明治維新後、いったんは京に帰った和宮でしたが再び東京に戻り、平穏な日々を過ごしました。和宮は姑・天璋院ともしばしば会っていたといいます。勝海舟の「海舟語録」には二人の関係が記されています。ある日海舟が二人を自邸に招き食事を振舞った際、両方がお給仕をしようとして言い争いをしましたが、帰るときは一つの馬車で仲良く帰っていったといいます。二人は朝廷、幕府という互いに背負うものがなくなり、初めて普通の嫁と姑としてつきあうことができるようになったのです。その後、和宮は脚気の治療で訪れた箱根で急逝しました。遺骸は徳川家の菩提寺である芝増上寺に埋葬され、墓は夫の家茂の墓と並んで立っています。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌