今週の謎

#127 2014年9月8日放送

今週のテーマ:「吉田松陰~幕末に命をささげ30歳で散る」

幕末を代表する思想家、吉田松陰。長州・萩の松下村塾では、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋など、討幕運動から新政府樹立にいたる激動の時代に活躍し、近代日本の礎を築いていく人物を育て上げます。しかし、30歳で処刑。その人生の多くは牢の中でした。松陰の人生とはどんなものだったのか。座右の銘「至誠にして動かざるもの未だこれ有らざるなり」に裏打ちされた無私無欲の精神と激動の人生を振り返ります。

「今週のふれーず」
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江戸のうんちく学

密航という国禁を犯して蟄居を申し渡された松陰でしたが、幕府に遠慮した長州藩は、松陰を士分の獄であった野山獄に入れてしまいます。その期間、1年と2ヶ月。獄中で読んだ本は680冊にものぼるといわれています。当時、野山獄には松陰含め12人がつながれていました。松陰は25歳で最年少。囚人のほとんどは、世間から隔離するために親族が願い出る「借牢」という制度を利用して入獄された者たちでした。出られる見込みはほとんどなく獄の中でただじっと死を待つだけの家族の厄介者の彼らは、自暴自棄になっていました。見かねた松陰は、牢獄とは罪人が更生するための施設でなければならないと一念発起。それには、「教育」しかないと明倫館の師範としての教育魂に火がつくのです。

江戸あらかると

多くの志士達を輩出した松下村塾

多くの志士達を輩出した松下村塾

阿片戦争が終戦を迎える1842年、松陰の叔父である玉木文之進によって松下村塾は誕生しました。後に1857年、松陰が28歳の時、現在の松陰神社内にのこる塾舎を得て、塾を再開。兵学や徳育などの講義を行うようになりました。松陰は、「飛耳長目」を大事にし、学問はあらゆるものから吸収し、多角的に分析することが重要だと考えていました。また、働くこと、汗を流すことの重要性も説きました。時には農作業をしながら授業することもあったといいます。塾生に寄宿するものが出てくると、松陰は寝食ともにし、ほとんど塾で過ごすようになりました。そのため、一人一人の個性を的確に見抜いていたといいます。

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江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌