今週の謎

#126 2014年9月1日放送

今週のテーマ:「家康の正室 築山殿はなぜ殺されたのか?」

徳川家康の正室・築山殿が家臣により殺害された「築山殿殺害事件」。その裏側には夫・家康の存在と、引き金となった一通の書状がありました。悪女というレッテルを貼られた築山殿の素顔とは?死後次々と起こる不可解な出来事は築山殿の怨念なのか?嫡男・信康までも自害に追い込んだ家康の血に塗られた過去に迫ります。

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江戸のうんちく学

築山殿については、ほとんど資料が残っておらず、本名や生まれた年も正確なことはわかっていません。一説には、父は今川家の重臣・関口親永 (ちかなが)、母は今川義元の義理の妹と言われており、後に実家のある駿府から岡崎に移り住んだ際、城の外れにある築山という土地に住むようになったことから、築山殿と呼ばれるようになったといわれています。築山殿殺害の引き金となった書状を書いたのが、息子・信康の正室で信長の長女・徳姫です。その書状には、築山殿や信康への誹謗中傷や築山殿が武田家に内通しているとの疑惑が記されていたといわれています。しかし、最近では、この書状の内容は、築山殿殺害と信康自害を命じた家康を正当化するための創作であったと考えられています。歴史の真相を知るには後世の史料の影響を考える必要がある一例ではないでしょうか?

江戸あらかると

西来院 (せいらいいん)

西来院 (せいらいいん)

築山殿は岡崎から家康のいる浜松城に向かう道中、佐鳴湖の東端、小籔村で同行した家臣により殺されました。その遺骸は、現場から1km程離れた西来院に葬られました。この事件を正確に伝える史料は皆無に等しいのですが、地元には、築山殿の怨霊が殺害した者たちに取り憑くなど不気味な噂が数多く残っています。こうした言い伝えが語り継がれてきた背景には、築山殿が無実の罪で殺されたことを後々まで伝えたかった人々の存在があったともいえるのです。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌