今週の謎

#123 2014年8月11日放送

今週のテーマ:「江戸の食と器~世界へ発信した技術」

2013年12月、「和食」が世界無形文化遺産に登録されました。その食文化が江戸時代に大きく花開き、庶民たちは"食"を楽しむことだけでなく食を飾る"器"の技術も発展させていくのです。江戸のファストフード「そば」。しかし、「そば猪口」は江戸時代にはなかった!?「飲み倒れの町」とも呼ばれた江戸。酒宴の席で流行した遊びとは?江戸で起こったやきもの革命。そこには名も亡き陶工たちの努力と藩の威信をかけた技術革新がありました。さらに、今に続く江戸漆器、その伝統の技にも迫ります!

「今週のふれーず」
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江戸のうんちく学

江戸のファストフードであった「そば」。安くて早いとあって、せっかちな江戸っ子達に人気でした。そのそばを食べるのに欠かせない「そば猪口」。江戸時代の記録には「そば猪口」という名称はありませんでした。呼ばれるようになったのは明治時代になってからのこと。元々そばは、そば粉を熱湯でこね、餅状にして付け汁で食べる「そば掻き」や、そばを粒のまま食べていました。慶長年間 (1597~1614) にはそばを細く切った「そば切り」が普及し、江戸時代後期には現在のそばのスタイル「せいろ」と「猪口」を使用してそばを食べるようになり、コップや小鉢、向付のように料理を盛る小さな器として用いられていた猪口が、せいろそば誕生によりそばつゆを入れる器の代用「そば猪口」として誕生しました。このそばの新しい食べ方が、新たな器を必要としたのです。幕末 (万延元年) の調査によると、江戸のそば屋は約3,700軒以上もあったといいます。また、「かけそば」に「もりそば」と新たな食べ方が加わり、器も進化を遂げていくことになったのです。

江戸あらかると

高級食器「磁器」の誕生

高級食器「磁器」の誕生

日本で「磁器」が誕生したのは、江戸時代初頭のこと。朝鮮出兵で連れ帰った朝鮮人陶工のひとり、李参平が初めて磁器の焼成に成功したと言われています。有田で焼かれた染付の磁器は、伊万里の港へ運ばれ、船で日本各地へ運ばれました。そのため、江戸や大阪などの消費地では有田の磁器を「伊万里焼」と呼んだのです。白くて丈夫な美しい磁器は、当時は高級品。庶民には手の届くものではありませんでした。

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江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌