今週の謎

#122 2014年8月4日放送

今週のテーマ:「11代将軍 徳川家斉」

江戸文化が華開いた文化・文政期。そんな爛熟した江戸の世に君臨したのが、11代将軍 徳川家斉です。15歳の若さで将軍となった家斉、その裏には世継ぎを巡る父の暗躍と松平定信との確執がありました。55人もの子どもを持ち「肉食将軍」と呼ばれた家斉が招いた幕府の危機とは?将軍在位が歴代最長の50年の徳川家斉に秘められた謎に迫ります。

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江戸のうんちく学

子だくさんで有名な将軍、徳川家斉は、大奥に約40人もの側室がいたといいます。17歳で長女をもうけてから毎年のように子どもが生まれ、歴代将軍中、最多の55人の子どもを授かったのです。そんな家斉に伝わる逸話があります。家斉は健康の為に毎朝欠かさずジョギングを行い、好物はショウガで毎日食したといいます。また、精力増強のためにオットセイの睾丸を粉末にして飲んでいたことから、「オットセイ将軍」の異名まで付けられました。子どもの中で成人に達したのは約半数だったといいます。家斉の子女の養子先や輿入れ先の確保が幕府の重要課題であり、その多額の費用が財政難の原因のひとつでもありました。将軍家は子女を化粧料や多額の持参金付きで大名家に押しつけ、大名家は姫を迎える御主殿や御付きの人権費を賄う必要がありました。家斉の21女・溶姫を迎えるために建てられた朱塗りの御殿門があります。当時莫大な資金を積んで建てられた、現在の東京大学赤門です。「肉食将軍」と呼ばれた家斉の人生は、色事と金から切り離せないものだったのです。

江戸あらかると

貨幣改鋳

貨幣改鋳

老中・松平定信の失脚後、家斉の浪費が幕府財政を圧迫、100万両あった蓄えは半分となってしまいます。そこで家斉が行った財政難脱却の奇策が貨幣改鋳でした。家康が作った慶長小判の金の品位は86%、それに対し家斉の命で作った文政小判の金の品位は56%。これは江戸時代に作られた10種の小判の中で最低の品質でした。幕府はそれまでの高品質の小判と新たに作らせた低品質の小判を等価で交換させ、その差額で莫大な収入を得たのです。江戸時代の10種の小判は、日本銀行 貨幣博物館で見ることができます。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌