今週の謎

#114 2014年6月9日放送

今週のテーマ:「狂歌師 大田南畝」

庶民文化が花開いた江戸中期、狂歌師として時代の寵児となったのが大田南畝です。「狂歌」とは、季語などの決まりに捕われず自由に日常の生活を詠んだ歌のこと。南畝は巧みなパロディーと機知に富んだ笑いで狂歌ブームを生みます。その傑出した言葉のセンスはいかにして磨かれたのか?大田南畝に秘められた謎に迫ります。

「今週のふれーず」
ダイジェスト動画

過去の放送一覧をみる

江戸のうんちく学

狂歌の歴史は古く、和歌の一部として鎌倉時代から詠まれていました。当時は歌人たちの余技として詠み捨てにされていた狂歌ですが、江戸時代に入るとひとつの文学として確立されます。その立役者が大田南畝でした。江戸時代、初めて行われた狂歌会に招かれた南畝は、機知に富んだ笑いとパロディで傑出した狂歌を次々に詠みあげるのです。この時の心境を「我もいざ 痴れ者の仲間入りせん」と記しています。南畝の言葉のセンスは群を抜いており、その名声はたちまち江戸の町に広がりました。やがて自身の狂歌サークル「四方連」を率い、空前の狂歌ブームを巻き起こすのです。これを機に江戸では地域別サークルが次々と誕生し、頻繁に狂歌会が開かれるようになりました。その後、南畝は数々の狂歌集を出版し、江戸狂歌壇の盟主としてその地位を確立するのです。わずか5人ほどで開かれた江戸時代初の狂歌会は、南畝の狂歌人生において運命的な出来事となったのです。

江戸あらかると

日蓮宗本念寺

日蓮宗本念寺

大田南畝は文政6年 (1823) 4月6日に75歳で亡くなり、日蓮宗本念寺に静かに眠っています。その墓石には「南畝大田先生之墓」と掘られており、隣には父・正智の墓石が、それと背中合わせに母・利世の墓石が立っています。また、南畝の妾、賤もこの場所に眠っています。生涯2千とも3千とも言われる狂歌を詠んだ南畝ですが、ここ本念寺にも「ほがらかな ほんけははらまち ほんねんじ」という歌が伝わっています。

過去の放送一覧

過去の放送一覧を見る

  • 公式ブック 謎解き!江戸のススメ
  • 公式モバイルサイト スマホ・携帯サイトにも対応
  • ダウンロード無料!番組オリジナルスマホアプリ
  • 「江戸のススメ」検定
江戸のススメテーマソング

「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌