今週の謎

#113 2014年6月2日放送

今週のテーマ:「徳川吉宗と大岡越前」

徳川吉宗と彼の下で主に町奉行として活躍した大岡越前守忠相は名コンビを組んで享保の改革を推し進めました。吉宗が忠相を抜擢した本当の理由はなんだったのでしょうか?彼らが行った施政と二人の関係を見ていくことで現代社会に通じる政治改革の姿に迫ります。

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江戸のうんちく学

享保元年(1716)、徳川吉宗が八代将軍に就任したとき、幕府の財政は悪化し、政治は停滞していました。その状況を打破すべく、国家と社会の大規模な改造を行ったのが「享保の改革」です。その一翼を担わせたのが町奉行の忠相です。町奉行とは警察、消防など民政全般を担当する役職で現在では警視総監や東京都知事のような重要なポストです。さらに忠相は地方御用を兼任しました。本来、地方御用は勘定奉行の仕事であり、町奉行である忠相が農業政策を任されるのは異例の人事でした。忠相は一風変わった人物たちを登用しました。農民である田中喜古や川崎定孝、浪人である野村時右衛門や小林平六です。彼らは忠相を「御頭」と呼んで慕う異色の面々でしたが、いずれも開墾や治水に精通した地方巧者でした。武蔵野新田の開発や玉川上水の洪水で溜まった泥を取り除いたり、宝永4年(1707)の富士山の噴火によって荒廃した小田原藩領の酒匂川流域の復旧などを行いました。忠相は身分や境遇にこだわらない画期的な人材登用を行っていきました。彼らの仕事に一切口を挟まず、任せることでやる気を起こさせたのです。

江戸あらかると

南町奉行所と上屋敷

南町奉行所と上屋敷

享保2年(1717)、吉宗は町奉行に忠相を任命します。基本的には定員は2名で、北町奉行と南町奉行がありました。忠相が就いたのは南町奉行で元文元年(1736)まで勤務していました。南町奉行所は現在のJR有楽町駅前のあたりにあり、平成17年の再開発のときに奉行所表門に面した下水溝や役所内に設けられた井戸、土蔵などが発見されました。駅前には石組下水溝の一部を再現するとともに石材をベンチにするなど活用されています。また忠相の上屋敷跡は現在法務省や東京地方裁判所などが建っています。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌