今週の謎

#111 2014年5月19日放送

今週のテーマ:「探検家 間宮林蔵」

命がけで未知の土地「樺太」を探検した間宮林蔵。何故、農民出身の林蔵が最後の秘境と呼ばれた「樺太」の調査に抜擢されたのか?伊能忠敬の日本地図は、林蔵なしには完成しなかった?幕府の隠密として活躍した、もう一つの顔とは?海峡発見の偉業に隠された意外な真実に迫ります。

「今週のふれーず」
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江戸のうんちく学

寛政12年、間宮林蔵が蝦夷地調査に明け暮れていた同時期、伊能忠敬も蝦夷地の測量に訪れていました。当時の忠敬はといえば、まだ幕府に仕事を認めてもらえず、林蔵もまた、役人に取り立てられても出世できず、黙々と仕事をこなす日々を送っていました。武士の家の出ではない二人は境遇が似ていたこともあり、林蔵21歳、忠敬56歳と親子ほど年が離れていましたが、すぐに意気投合し、師弟関係を結びました。林蔵が樺太探検から江戸に戻った文化8年、再び忠敬と再会します。この頃、忠敬は日本地図を作る為、全国を測量するという大事業を遂行していました。再会を果たした林蔵に、忠敬は「蝦夷地」の測量を依頼します。忠敬はすでに老齢の身、過酷な蝦夷地の測量を、北方探検のエキスパートである林蔵に託したのです。林蔵はその後10年をかけ、蝦夷地全域を測量してまわりました。この林蔵の働きがなければ、忠敬の「大日本沿海輿地全図」の完成は無かったのです。

江戸あらかると

間宮林蔵記念館

間宮林蔵記念館

間宮林蔵が生まれ育った地、現在の茨城県つくばみらい市に間宮林蔵記念館はあります。ここには樺太探検で実際に使用した頭巾や毛布、「東韃地方紀行」「北夷分界餘話」といった貴重な資料の複製が公開されています。記念館の敷地内には生家があり、1971年に小貝川の河畔から移築、復元されました。幼い頃から「日本一になりたい」という大きな夢を抱きながら育ち、地理学の才能を認められた林蔵は10代で江戸に出たのです。

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「大河悠久」(アルバムTOGI より)演奏:東儀秀樹,古澤巌