浪漫紀行・地球の贈り物
これまでの放送内容
中国麺紀行
黄河文明を育んだ大河・黄河流域は、麦を主食とする粉食文化を繁栄させ、中国食文化を代表する“麺”を生み出した。もう1つの大河・長江流域には、米を主食とする粒食文化が発生、中国の食文化は両大河流域に発展する。2千年前、それまで雑穀しか育たなかった黄河流域の貧土で麦の栽培が始まり、さらに製粉技術の発展により麺料理が誕生する。それは、多民族国家・中国を物語る様に、様々な民族によって多種多様な麺が作り上がる。番組では4回シリーズで、広大な中国で麺のルーツを辿ると共に、それにまつわる人々の生活や伝統を紹介する。
黄河沿岸に位置する中国・甘肅省の蘭州は、昔から東西交易のシルクロードの中継地として栄え、様々な民族がこの地に根づいて来た。それは同時に多種多様な郷土料理をもたらし、この街に豊かな食文化を築き上げた。日本人に一番身近な中国麺・拉麺に最も近い麺も、この街にあった。が、回族が作るこの麺は天然カンスイを使用する本場のもの、化学合成されたカンスイを使用する日本の麺とは歯ごたえも、風味も異なる。回族は拉麺作りに対し、今もこの天然カンスイにこだわり続けている。カンスイの善し悪しが麺の出来を左右すると言うのだ。番組では4回シリーズで、広大な中国で麺のルーツを辿ると共に、それにまつわる人々の生活や伝統を紹介する。
世界各国の料理の中でも、驚くほど多彩で変化に富んだ中国料理。それは中国を代表する麺料理にとっても決して変わることなく、麺作りには様々な技法がある。漢民族の故郷・山西省は、中国麺文化の発祥の地とも言われ、ここにはあらゆる味付けや調理法を用いた麺料理が存在する。貧土から生まれた麺文化は、雑穀を少しでも美味にと様々な食べ方を楽しむ為の人間の知恵により発展を遂げて来たのだ。多彩な発想から作り上げられた多種多様な麺料理は、今後も次世代へと伝承されてゆく。番組では4回シリーズで、広大な中国での麺のルーツを辿ると共に、それにまつわる人々の生活や伝統を紹介する。
中国から様々な文化が伝わり、強い影響を受けてきた日本。麺作りもその一つで、中でも素麺は麺の中で一早く日本に伝来した。奈良時代から平安時代にかけて渡来した素麺は、室町時代には素麺作りの職人も現れ、庶民に人気の食べ物となっていった。一方、中国における素麺には、精進麺、長寿麺とも呼ばれ、その細く長い麺から長寿の願いが込められている。素麺は、お祝いの贈り物とされたり、晴れの日に食する特別な麺なのだ。番組では4回シリーズで、広大な中国で麺のルーツを辿ると共に、それにまつわる人々の生活や伝統を紹介する。
『オーストラリア7000キロ大紀行』:第1話~インド洋からチモール海へ
大自然の国・オーストラリア。中でも北部は、原始の地球の姿を今に伝え残している。圧倒的な自然の驚異と神秘、ユニークな生物、この地には生命進化の歴史を物語る奇観が広がっている。又、この手つかずの自然は大地に豊かな恵みを与えると共に、過酷な環境をも生み出す。ここでは人間も荒々しい自然にしがみつき、辛うじて大地の片隅で生活しているに過ぎない。壮大な自然の前では、人も生物も大地も決して抗う事は出来ないのだ。番組では3回シリーズで、新しい発見を求めオーストラリア北部を西から東へ横断する。今回は西オーストラリアの自然を紹介。
『オーストラリア7000キロ大紀行』:第2話~ノーザンテリトリー
オーストラリア中北部に位置するノーザンテリトリー。その広大な大地に織りなす自然の情景は、ダイナミックに変化し、自然の驚異を見せつける。荒野に立つ奇岩、突然広がる緑豊かな湿原、独自の進化を遂げた珍動物達、そこには長年に渡り文明の立ち入りを拒み続けた大地が広がる。しかし、この荘厳な大地にも、開拓民の出現によって生態系の破壊が進んでいる。オーストラリア大陸の先住民族であるアボリジニーの文化や伝統の大部分は失われ、固有動物の多くは開拓民が持ち込んだ他大陸の動物によって絶滅、又は絶滅危機に瀕している。番組では3回シリーズで、新しい発見を求めオーストラリア北部を西から東へ横断する。今回はノーザン・テリトリーの自然を紹介する。
オーストラリア7000キロ大紀行』:第3話~クイーンズランド
独特の生態系、ユニークな動物、奇妙な大地を育んだオーストラリア。そんな大陸を生み出したオーストラリアの自然は、他大陸の想像を絶するような情景をも作り上げ、その驚異を見せつける。ある荒野の町には春、低空に巨大な雲が出現、海から内陸に向かって時速60㎞の速さで押し寄せる。その奇観もまた、自然が巻き起こした現象である。しかし、そんな巨大な力を持つ自然を人間は冒し、自然や生態系の破壊を進めてしまった。大自然の宝庫と言われるこの大陸で、自然と人間との軋轢が深まり、後戻りの出来ない状態を迎えている。番組では3回シリーズで、新しい発見を求めオーストラリア北部を西から東へ横断する。今回はクイーンズランドの自然を紹介する。
『世界最大の砂の島FraserIsland』
オーストラリアの東海岸に位置するフレーザー島。砂で形成されたこの島は珊瑚礁に囲まれた自然の宝庫だ。世界文化遺産にも指定されるフレーザー島は、政府の厳しい統制の元で島の全ての人々が自然保護に取り組んでいる。森の中に造 れた宿泊施設の、備え付けシャンプーも、生活排水として悪影響のないものを使用し、島の各所に設けられたゴミ箱は、当局の定期的な回収のため、溢れることはない。太古からこの島に暮らした先住民族民・アボリジニーを侵略し、開発を急いだ反省から、彼らは今、自然のリズムに自分達を合わせる努力を惜しまない。番組では、世界でも稀な生態系を形成する、この島の生物、植物や、珍しい地質などを紹介する。また、自然に抱かれる時間を楽しむ人々の表情も併せて伝える。
『サハラ砂漠西の果て第1回最後のオアシス』~サハラ砂漠の自然と人々の暮らしを取材。
アフリカ・サハラ砂漠に位置するモーリタリアに、ワラタという町がある。ワラタは1300年程前から変わらず、オアシスの町として、周辺の遊牧民や旅人の喉を潤してきた。ここで暮らす人々は、先祖からの伝統を大切に受け継ぎ、熱心なイスラム教徒として中世さながらの生活を営んでいる。そんな平和な町にも、サハラの砂漠化の波は迫っている。「昔は300あった井戸が今では3つしか残っていない」と住民は不安を覗かせる。ワラタが未来も砂漠の中のオアシスでいられる保証はない。しかし、大人達は自分達が親から学んだことを、子供達に伝授しながら、オアシスの町の心を守ろうとしている。番組では2回シリーズで、サハラ砂漠の厳しい自然とそこに暮らす人々の生活や文化を紹介する。
『サハラ砂漠西の果て第2回砂と海が守る命』~サハラ砂漠の自然と人々の暮らしを取材。
サハラ砂漠の厳しい自然とそこに暮らす人々の生活や文化を2週に渡り紹介するシリーズの後編。モーリタリアの西に位置するバンダルギャンは、砂漠と海が溶け合う場所だ。この地は、砂漠が緑地だった頃の生きものの営みが、今も続いている。砂と海と太陽と風の恵みが、絶妙な生態系バランスを保っているのだ。かつての大河は干上がり、三角州や蛇行が多い複雑な水路を作りながら大西洋へ注ぐ。その中の小島・アガディール島には100人程が暮らしている。漁を生業とする島民は針と糸で魚を取る。「生きるのに必要な分だけ魚を取る」と語る彼らは、網を使った漁を殆どしない。島には1本のアカシアの木がある。近くの泉は永い間人々を潤してきたが、近年砂に埋もれた。だが、アカシアが生きている限り泉が枯れたわけではなく、この木の存在は島民の希望の象徴となっている。番組では大自然に守られて生きるバンダルギャンの生き物と、大自然に逆らわずに生活するアガディール島の人々を取材する。
MOUSSEM・語る女たちベルベル族の花嫁祭
モロッコの小さな町で開かれる『花嫁祭り』には、周辺の村に点在するベルベル族の娘や青年が集まってくる。モロッコの先住民族である彼らは敬虔なイスラム教徒で、未婚の娘達はマスクで顔を覆い、男性と話すことも禁じられている。その娘達が公然と男性と会うことが出来る場が、『花嫁祭り』・通称ムッセムだ。この祭りでは正装した娘達が若者の気を引き、若者は花嫁の品定めに余念がない。最初の結婚相手は、娘の両親が決めるが、相手が気にいらない場合の離婚は、本人の意思が尊重される。したがって、2度3度とムッセムで花婿探しをする女性も数多い。番組では、2度の離婚を経験し、3度目のムッセムで初めて本当に愛する人と出会ったという女性に、ベルベル族の結婚観をインタビューしながら、叙情的なモロッコの風景を紹介する。
NUBIA砂と水に消えたピラミッド』~ナイル川上流で栄え、滅びた黄金文明
代ヌビアはエジプトに、金や奴隷を供給していた。紀元前8世紀、エジプトの属国だったヌビアのクシュカ王国が母国の征服に成功。しかし、エジプト最後の王朝として、洗礼された文明を築いたクシュカもやがて、他勢力に滅ぼされた。そして近代、クシュカ王国の末裔であるヌビア人は、エジプト国家のアスワン・ハイダム建設により、祖先以来の居住地を奪われ、急速に進む砂漠化で文化遺産さえも失おうとしている。番組では民族音楽でヌビア人の心を語り継ぐ、ハムザ・エルディーンのインタビューとともに、クシュカ王国の残像を追ってナイル川を逆上る。
『美わしのドナウ・デルタ』~緑の宝石箱
欧州8ヵ国を巡るドナウ川は、2800㎞もの長い旅路の果て、ルーマニアから黒海へと注がれる。その河口には、欧州最後の秘境と言われるドナウ・デルタが広がる。見わたす限りの葦原と300種以上の鳥が生息する大湿原地帯、ここには今も尚、美しい自然が残る。しかし、この楽園を守るため、人々のたゆまない努力が注がれていた。社会主義時代のルーマニアで進んだ乱開発のため、ドナウ・デルタは1度は瀕死の状態に陥る。民主革命後、環境保護のための行政組織が誕生、ドナウ・デルタは自然の完全回復を目指し、厳しい管理下に置かれている。1度は失われかけた自然が、再び人々の努力によって生まれ変わろうとしているのだ。番組では2週にわたりドナウ・デルタの美しい自然と、そこに生きる人々の生活を紹介する。今回はデルタの自然を守り続ける人々の姿に迫る。
美わしのドナウ・デルタ』~大河の果て
欧州最後の秘境、ドナウ・デルタ。豊富な水と太陽に育まれた葦原と、幾つにも別れた支流や湖からなる大湿原地帯。ここには自然と共存し、昔と変わらぬ生活を続けている人々の姿があった。デルタに暮らす人々の大半が漁師。しかし、自然保護のための管理下に置かれているデルタでの漁業は厳しく、漁師の生活は平穏なものではない。定められた漁業期間と漁獲量に従い、環境を守りながら漁を営むしかないのだ。だが、何よりも自然を愛する漁師たちは、決して希望を失う事はなく、デルタを離れようとはしない。番組では2週にわたりドナウ・デルタの美しい自然と、そこに生きる人々の生活を紹介する。今回はデルタで漁師を続ける人々の姿に迫る。
未完のピエタミケランジェロ最後の作品』~『ピエタ』が伝えるミケランジェロの苦渋
メディチ家の庇護の元、フィレンツェで才能を開花させたミケランジェロは、その後法王に請われ、最初の『ピエタ』を製作した。が、その後、彼のパトロンは常に時の権力闘争の勝者が取って代わる。権力者たちの横暴は彼を苦しめ、抑圧された孤独な天才を、さらに深い芸術への没頭に導いた。未婚のまま芸術の製作を繰り返してきたミケランジェロも晩年、漸く愛する女性に出会う。その人、ビットリア・コロンナは、彼を孤独から救う聖母そのものだった。だが、腐敗した旧教に対し起きた宗教改革に賛同したビットリアはローマ教会の異端尋問により他界し、優れた芸術家という理由で、尋問を免れたミケランジェロは、罪悪感に苛まれた。そんな中で彼は、2作の『ピエタ』を製作するが、どちらも聖母の顔を彫ることが出来ない。更に、ビットリアに捧げた素描と同じ構図の『ロンダニーニのピエタ』の製作に着手するミケランジェロ。が、老いは彼にその完成を許さず、未完成の遺作として、後世に伝えられている。
はてしなき天空の教会神の建築家ガウディ
スペインを代表する天才建築家・アントニ・ガウディは生粋のカタルーニャ人だった。そのカタールニャ人の信仰を集める『黒い聖母像』はモンセラート修道院にあるが、この聖母像の移転を目的として1882年、バルセロナのサグラダ・ファミリア教会(聖家族教会)の建築が開始された。当初この設計者はビジャールだったが、彼と建設発起人の折り合いが悪く、1年後に設計指揮はガウディへと引き継がれた。これがガウディの信仰心、民族意識を強固にする転機となる。ガウディは、独自の構造実験によりカタルーニャ人の聖地・モンセラート山を模した聖家族教会のフォルムを決定。以後その建築は彼のライフワークとなった。79歳で市電に轢かれ、不慮の死を遂げるガウディ。が、設計図を作らなかった彼が生前完成させた教会の一部は、彼の遺志を継ぐチャンスを後世に与えてくれた。現在も、建築中の聖家族教会はカタルーニャ人にとり、第2のモンセラート山になりつつある。
紅鮭故郷に帰る~カナダ・500キロの旅~(前編)
カナダ・ブリティシュコロンビア州のアダムス川では4年に1度、数万のベニザケが川を遡上する“ビックラン”が見られる。海での漁業権を持つ日系3世の漁師や、アダムス川の支流・フレーザー川での漁業権を持つインディアン達はこの季節の到来を心待ちにしている。しかし、今年のビッグランは鮭が激減している。これは、異常気象に起因するものと考えられているが、ビッグランに神が宿ると考えているインディアン達は動揺を隠せない。番組では海から故郷の川へ帰る紅鮭の旅を追いながら、カナダの自然や、先住民族であるインディアン文化を2週に渡り紹介する。
紅鮭故郷に帰る~カナダ・500キロの旅~(後編)
カナダブリティッシュコロンビア州のトンプソン川は4年に1度、数万のベニザケが川を遡上する“ビックラン”の終着近くだ。近くのチェイス村に住む、インディアンの末裔・デュノルト家では、この時期になると一家総出で鮭漁を行う。家内で男女は、その役割分担が決まっており、この行事は一家の秩序の確認と、絆を深めるために代々受け継がれてきた。また、漁の直前に家長のセラが皆に聞かせる訓示は自然とともに生きるインディアンの本分を私たちに教えてくれる。番組ではビッグランを終えるまでの、ベニザケの長い旅を追うと共に、先住民族であるインディアンの文化を2週に渡り紹介する。
アラスカ・コディアック島『ヒグマの夏』
アラスカ西南部に浮かぶコディアック島は、一年中緑が溢れている事から“エメラルドの島”とも呼ばれている。この豊かな自然と、温かいアラスカ海流の影響を受けた温暖な気候は、島の多種多様な生き物を育み、守り続けてきた。さらに現在は、島の3分の2が国立野生動物保護区に指定され、受け継がれた自然と動物たちを守っている。その島に夏が訪れると、動物たちは一層激しく躍動し、自然は輝きに満ち溢れる。番組では一瞬の夏に輝くコディアック島の大自然に迫ると共に、先住民族・アルーティック族の生活風景を紹介する。
白夜のアラスカ鉄道~ひと夏の疾走
米大陸最北端に位置する極寒の大地・アラスカ。1年の大半を厳しい冬に閉ざされるアラスカに、短い夏が訪れると、1日1便の旅客列車が登場する。南端の港・スワードから内陸の都市・フェアバンクスを結ぶ貨物列車・アラスカ鉄道は、夏期、観光客らに開放される。乗客達は、広大な原野の中を走る列車から、美しい自然や珍しい野生動物を眺めながら旅を楽しむ。いつもは人を寄せつけない大自然も、太陽が輝く白夜の季節には寛容な姿をみせるのだ。番組ではアラスカ鉄道に同乗、一瞬に過ぎ去るアラスカの夏を紹介する。
悠久の大河ガンジス・鉄道紀行1500キロ』第一部
ヒンズー教の“聖なる川”ガンジスは、インドの大地に豊かな恵みを与えながら、滔々と流れ続けている。この大河は、ヒンズーの神・シヴァ神の髪から流れ落ちた水から生まれ、その流れは天界に通じていると伝えられている。そのため人々は、この世で侵した罪はガンジスに身を沈める事によって清められ、死すればガンジスに身を流す事で天界へと向かうと信じている。ヒンズー教徒はガンジスを神と崇め、身も心も捧げるのだ。番組では、この河に馳せるヒンズー教徒の熱い思いに触れながら、3回シリーズでガンジス河沿岸を走る巡礼列車に乗り、ヒンズー教の聖地を巡る。今回は人々の生活を紹介しながら、上流のハリドワールからカーンプルまでを旅する。
悠久の大河ガンジス・鉄道紀行1500キロ』第二部
“聖なる川”ガンジスの中流に位置するベナレスは、ヒンズー教最高の聖地と崇めれている。それはベナレスを流れるガンジスが、シヴァ神の額に描かれた三日月と同じ形に湾曲している事からきている。そのため教徒はベナレスを天国への入口と考え、この聖地への巡礼を一生の夢とする。又、ここで死を迎え、その遺灰をガンジスに流せば、苦しい輪廻から解脱し永久の天国へ行けると信じられている事から、ベナレスには多くの信者が静かに死を待ち続けながら暮らしている。番組では3回シリーズでガンジス河沿岸を走る巡礼列車に乗り、ヒンズー教の聖地を巡る。今回はヒンズー教徒の聖地ベナレスへ馳せる熱い思いに触れる。
悠久の大河ガンジス・鉄道紀行1500キロ』第三部
恵みの雨を受け、乾ききったインドの大地が蘇生する雨期、ヒンズー教徒は厳しい修業の時を迎える。この季節、聖地・スルタンガンジ(シバ神の暮らすヒマラヤに向けて、ガンジスが流れを変える場所)には“聖なる川”ガンジスの聖水を求める信者が群がり、活気づく。人々はその聖水を崇め、100㎞以上離れたシヴァ神を奉るバイデヤナート寺まで、天秤棒を担ぎ素足のまま歩いて、聖水を奉納する。そうした苦行を積む事で徳を得、願いが叶うと信じられているのだ。番組では3回シリーズでガンジス河沿岸を走る巡礼列車に乗り、ヒンズー教の聖地を巡る。今回は巡礼の旅を続ける信者の姿を追いながら、大河の下流へ向かう。
最後のアジアライオンインド・ギルの森
生態系の頂点に位置するライオンは、古来より強さの象徴として親しまれてきた。その名残はアジアを含める世界各国の建造物や発掘品に様々な形で見られる。ライオンはアフリカのサバンナだけではなく、インドや西アジアのユーラシア大陸にも多く生息し、森の王者として君臨していたのだった。しかし、そのライオンも人類の文明の発展と共に各地で絶滅、今ではユーラシア大陸で生息するのはインド・グジャラート州のギルの森(ギル国立公園)のみとなった。グジャラート州はヒンドゥー教やジャイナ教が深く根付き、インド内でも信仰心の厚い地方である。この地がアジアで唯一のライオン生存地となったのは、教義に基いて生活する住民が、不殺生を守り続けてきた為であった。番組ではアジアライオンを通し、インドの人々がいかに自然と共存しているかを見つめる。
アマゾン源流PART1~氷河の一滴を求めて~
全長670㎞、流域面積では世界最大を誇る大河・アマゾン川。その流域は緑豊かな自然を育み、命の源となっている。ジャングルに囲まれたアマゾンの人々は、交通の手段としても川を利用し、モートナベ(乗合い船)と呼ばれる船や筏でのんびりとした船旅を楽しむ。その旅は時間の遅れなど誰も気にしない、乗客が乗りたい場所で乗り、降りたい場所で降りる自由気儘なものだ。番組では3回に渡り、アマゾン川の源を求め旅をする。今回はペルーの都市イキトスから船で源流へ向かい、アンデスに暮らす人々の船旅を紹介する。
アマゾン源流PART2~大激流から氷河の峯へ
大河アマゾンの源流は千数百もの支流から形成されており、それぞれが標高6500mのアンデス山脈の氷河から流れて出ている。源流地域は白銀の峯々から緑のジャングルへと移り変わり、アマゾン川も様々な姿を見せる。上流部の支流の1つマラニョン川沿岸のサンマテオ村では、アバフン族(自然の人の意)が狩猟と漁業で暮らしている。そのアンデスインディオの村にも文明の波が押し寄せつつあるが、村人の一人ポンチェンは「文明は子供達から部族の伝統を奪う」と現状を危惧する。番組では、それらアンデスの人々の生活に触れながら、アマゾン川を源流へ向けて遡り、アンデス山脈の氷河の一滴を目指す。
アマゾン源流PART3~最後の楽園、生命の森へ
アンデス山脈の氷河からなるアマゾン川の源流地帯、そこには文明が侵かす事の出来ない聖域・マヌーの森がある。広大な密林と蛇行する川によって守られ続けたこの聖域は、現在では貴重な動植物の生息地として世界遺産の指定を受けている。開発が進むアマゾンのジャングルの中で、マヌーだけが手つかずの自然を残し続けているのだ。そして、森の奥深くには先民族のアマゾンインディオ・マチゲンガ族が昔ながらの生活で、森や動物と共存している。番組では、森や生き物や人の営みを通して、自然と人間について考える。
『甦る古代王国マヤ』~神秘のコパン文明
紀元前、中央アメリカ・ユカタン半島を中心にマヤ族がおこした古代文明・マヤ。それは3世紀頃から南、中、北部に分かれて発展し、各地に独自の文化や文明を持つ都市国家を築いていった。その中でも最も繁栄したコパン王国は、その誕生から滅亡までの歴史を神殿の階段にマヤ文字(象形文字)で刻み残していた。これは多くの謎に包まれたマヤ考古学上、最も貴重な発見であり、神秘に満ちたマヤの扉を開く鍵となった。番組ではコパン王朝史を遡ると共に、マヤ文明の歴史と遺跡に残された独特な石像彫刻の美に迫る。
Part1謎に満ちた第七の大陸マダガスカル
アフリカ大陸の東に位置するインド洋に浮かぶ島・マダガスカル。3億年前、ゴンドワナ大陸の一部であったマダガスカルは、後に大陸移動によってアフリカから切り離された。そのため“第七の大陸”とも呼ばれるこのマダガスカルには、他大陸では見られない固有の動植物が大自然の恵みと共に生息している。また、そこに暮らす20以上もの種族の多くは独自の文化と習慣を持ち、未だ神秘に包まれた生活を守り続けている。番組では、3回シリーズでマダガスカル島を南北に縦断する。今回は、島特有の動植物の姿や自然の中で素朴に暮らす少数民族の素顔に迫る。
Part2謎に満ちた第七の大陸マダガスカル』~伝説の怪獣・不思議の村
マダガスカルに暮らす20以上の種族の殆どは、独自の文化と伝統を守り続けながら、素朴な生活を送っている。彼らは豊かな自然を敬い、恐れ、その恩恵と共に生きている。ある部族は伝説の怪獣の存在を信じて恐れ、またある部族は初めて見る外国人の姿に驚愕する。最近では一攫千金を夢見て、サファイアを採掘する人々も出て来た。だが、宝石を堀り当て財産を得た人も、自然の中で慎ましく暮らす部族も、共に一番大切なものは“牛”と答える。マダガスカル人の多くは、自分の葬式の際、親類縁者により多くの牛を御馳走として振る舞った者が、先祖となり家族と暮らす永遠の時を得られると信じているからだ。番組では、島で暮らす人々の様々な生活を紹介する。
Part3謎に満ちた第七の大陸マダガスカル』~黄金の大地・最後の王様
1500年前、マダガスカルに最初に移り住んで来たのは、インド洋を隔て6000㎞も離れたマレー、ポリネシア系の人々だった。この恵み多き大地に初めて立った彼らは、その時の純粋な思いを“ミシィ・ハシナ”、汚れなきものと呼んだ。その言葉は、今もマダガスカル人の心中に誇りとなって生きづいている。彼らは子供や海、そして大地が恵んでくれた黄金を汚れなきものとして讃え、さらに自らもミシィ・ハシナであり続けようとする。汚れなき心こそがマダガスカル人である証であって、誇りとなっているのだ。番組ではミシィ・ハシナの心を求めて、マダガスカル人の心情に迫る。
インド洋のフランス・レユニオン島
マダガスカル島の東に浮かぶレユニオン島は自然が豊かな火山島だ。17世紀中頃、フランスはこの島の植民地経営に乗り出した。黒人奴隷によるさとうきびや、香料として重用されたゼラニウムの栽培で、島は発展を遂げる。19世紀には各地から移民が流入したことから、現在のレユニオン島はフランス系の他にインド系、中国系、アラブ系、アフリカ系と様々な人種で構成されている。しかし島のどこにも人種差別は存在しない。そんな中で、40年前に『奴隷制度廃止』になるまでの、アフリカ系島民の苦しみを、彼らの文化であるモラングという伝統格闘技で伝えようという動きがある。が、これもナショナリズムに起因するものではなく、レユニオン島の住民意識と並行した、アフリカ系島民独自の文化の継承に他ならない。番組では、人種の混合を享受し、クレオール文化(“混ざる”が語源)を謳歌する島民を取材する。
オーストラリア大陸横断5000キロの旅』~Part1タスマニア
“ジュラ紀に恐竜が食していたウォレマイ・パインがシドニー近郊で発見”、化石でしか見る事の出来なかったこの木の生存に多くの専門家は驚喜した。このようにオーストラリアは太古の地球の姿を今に伝え、他では見られない独自の進化を遂げた生物達を育んでいる。更にその豊かな自然や動物と共存する人間の姿も。大陸の南に位置し、水と緑に恵まれたタスマニア島は流刑された囚人達によって森が切り開かれ、その後開拓民によって牧草地と生まれ変わった。今ではメルのスーパーファインと呼ばれる世界最高良質を誇る羊毛の生産地となり、それを必死に守り続ける牧主がいる。又、緑の黄金と呼ばれるヒューオン・パインに魅せられ、この木でタスマニアの動物達を表現する家具を作る職人や鱒釣りに取りつかれたフライタイヤー(疑似餌作りの職人)ら、タスマニアの自然を敬愛する人々が暮らしている。番組ではタスマニアに暮らす人々を通し、雄大な自然と共存すべき人間のあり方を問う。
オーストラリア大陸横断5000キロの旅』~Part2不思議の大陸
他大陸とは全く違った生態系を持つオーストラリア。その不思議な大陸に魅せられ移住する外国人が後を絶たない。米国人のリッチ博士は恐竜の化石の宝庫である母国を捨て、その分野に於いては未開の豪州で発掘研究を続ける。元来この大陸は新天地を求めた他国の移民によって開拓され、発展を遂げて来た。今では様々な国の文化が入り交じり、根づいてる。しかし、移民は償う事の出来ない罪をも侵してしまった。長い年月をかけて独自の進化を遂げた動物、有袋類の多くは、移民が持ち込んだ狐などによって絶滅して行った。又、オパール産出地には、発見当時から現在も尚、一攫千金の夢を掲げた採掘者が各国から訪れ、大地に穴を堀り、荒野に町を作り上げた。番組では移民によって開発し、そして自然や特異な生態系を破壊されたオーストラリアの姿を中心に、大陸を南から縦断する。
オーストラリア大陸横断5000キロの旅』~Part3荒野の果てに
オーストラリアに果てしなく広がる荒野、通称アウトバック。この広大なアウトバックは長く人間の侵入を拒み、豪州の発展の妨げとなっていた。ところが、この何も無い大地は地中に隠されていた巨万の富・金鉱の発見よって変貌して行く。ゴールドラッシュに伴い都市が生まれ、さらには荒野によって隔たれていた東と西を結ぶ大陸横断鉄道の開通(1917年)へと繋がって行く。番組ではこの大陸鉄道・インディアンパシフィック号でオーストラリア大陸の南側を、東のアデレードから西のパースへ向けて旅をする。そして、この荒野で暮らす人々の生活を紹介する。
『中国・長江』~第一部 米作る人々
チベット高原の崑崙山脈に源を発し、東シナ海に注ぐ全長6300㎞の大河・長江(揚子江)。その上流部には米作のルーツといわれ、稲作発祥の有力地・雲南省がある。米はこの地から長江(ライスロード)によって流域に伝わり、遠く海を越えた日本にまで伝来されたのだった。そして遙か昔、中国・漢の王は雲南の国と九州にあった奴国に同じ蛇の彫刻が施された金印を贈っている。この2つの離れた国は、米、金印、そして長江によって深く結ばれていたのだろうか。番組では長江の流域を旅し、そこに暮らす様々な民族の文化を3回シリーズで紹介。今回は中国西南の果て、雲南に古代日本人の源流を求め、今でも原始的な稲作を続けるハニ族の村を訪ねる。
『中国・長江』~第二部 川は流れ人もながれる
大河・長江(揚子江)の周辺流域には様々な少数民族が暮らしている。日本の神話と酷似する伝説が存在する苗族(ミャオ族)は、太古の昔、戦から逃れる為に長江を遡り、山岳地帯に移り住んだ。そして今、世界最大となる長江のダム建設によって、町が湖底に沈み先祖代々の土地から追われるものもいる。大河は水を運び、米を伝え、そして、そこに暮らす人々をも運んで行く。番組では長江流域民族の文化や生活の変遷を追いながら、長江を船で下る
『中国・長江』~第三部 大河海にかえる
大河・長江(揚子江)の下流域には日本との深い関わりを示す文化や慣習が数多く存在している。旧暦5月5日の端午節にはチマキを食する習慣があり、世界に類を見ない鵜飼や潟スキーなどの独特な漁法も見られる。さらに、7千年前の米が発見された遺跡には、のちに日本へ伝来したジャポニカ米の一種も含まれていた。大河が生んだ様々な文化は、海を越えた遠方の国・日本へ伝えられたのではないか。番組では長江下流域に暮らす人々の生活や文化を追うと共に、日本文化のルーツに迫る。
シャドー・ハンター“白き黄金”燕の巣の狩人たち
中華料理の超高級食材として珍重されているツバメの巣。歴史の中で、中国の皇帝達は権力の象徴として燕の巣を食し、現在は『白き黄金』と呼ばれる程、その稀少価値に高い値段がつけられている。これらの燕の巣は『シャドーハンター』と呼ばれる、職人により採集されているが、この仕事には危険が伴う。世襲の権利を持った職人だけが、年に30日間のみ採集を許される。その採集は、無人島の洞窟に聳える断崖絶壁で行われるのだ。番組ではベテラン職人のサニット・チャンコムの仕事に同行。自然の摂理を侵さぬサニットの信念と、世代交代を予感して行われる、息子達への技術の継承を紹介してゆく。
『ベトナム縦断1700キロ統一鉄道の旅』~前編
1975年ベトナム戦争が終結、その翌年、そ最後の秘境・ミャンマーゴールデンロック巡礼記れまで南北に分断されていたベトナムが1つの国に統一された。インドシナ半島の東側を縁取る様に南北に延びるベトナムが、戦後最初に復興したのは、南北を結ぶベトナム統一鉄道だった。南の中心都市ホーチミン市と北部に位置する首都のハノイを発着地とするこの鉄道は、統一を願う国民の象徴であった。戦後20年を迎え、目ざましい経済発展を遂げている近年では、統一鉄道も大きな変化を見せる。車内の サービスは充実し、以前は出稼ぎや買い出しの人々で溢れていた客室も、今では帰郷する人や旅行者が旅を楽しみながら乗っている。番組では、移り行くベトナムの素顔を求めて南北を縦断する。今回は南のホーチミンからダナンまでを旅して、人々の生活や文化に触れる。
『ベトナム縦断1700キロ統一鉄道の旅』~後編
戦後20年を迎え、激しい変化の波に揉まれるベトナム。南北に分断されていた時代の北ベトナムの首都・ハノイ(現在ベトナムの首都)では経済発展を遂げ、人々の暮らしも変わりつつある。街には高層ビルの建築が進み、豊富な物資が溢れ、人々は活気に満ちている。若者には何でも挑戦出来る可能性が与えられた。その一方では、ベトナムの伝統文化を守り続けている生活がある。昔と変わらない漁業や農作業を続け、忙しく働く事に幸せを感じている人々がいる。華やかな世界で活躍する女優が生まれる一方で、修行のため尼寺に入る少女達が増え続けている。ベトナムは変化と不変が入り交じる中で成長を始めている。番組では、移り行くベトナムの素顔を求めて南北を統一鉄道で縦断する。今回はダナンから終着駅ハノイへ向かい、人々の生活や文化に触れる。
最後の秘境・ミャンマーゴールデンロック巡礼記
ミャンマーの人々が、必ず一生に一度は訪れるという聖地・チャイティヨー・パゴダには奇妙な黄金の巨石がある。この石は崖の先端に直立し、動く事はあるが決して落ちることはない。その為、仏教徒達の信仰を一身に集め巡礼団が、訪れる。その聖地を詣でる老人・北村の巡礼姿を取材しながら番組は進行する。元日本兵の北村はこの国で敗戦を迎え、ビルマ僧に姿を変え生き延びた。その後、現地で妻を迎え、現在では国籍も獲得している。北村は80歳近くなった今、初めて訪れる仏教の聖地に感激する。また、巡礼の帰りに彼は思い出の寺を訪れた。50年前、彼の命を助け面倒を見てくれた寺だ。今はもう知る僧もなく時の流れを感じる北村。だが恩人ともいえる元通訳と感動の再会を果たし、積年の詫びと礼を伝える。
水の神が宿る都・アンコールワット
カンボジアに残る美しい石造遺跡群は、クメール王朝の王達により建立された。この遺跡群はバライ(貯水池)を中心に、水路で結ばれている。雨期と乾期が明確なカンボジアにあって、灌漑施設を建設することは、王が自らを神格化するために不可欠な事業だった。12世紀に造られたバライは、現在もこの地に住む人々の生活を潤し、王達が暮らした神殿は今も信仰の対象となっている。それら神殿はどれも、空白を貧困と考えた当時の美意識に従い、余す所なく彫刻で彩られ、芸術性の高さを私達に教えてくれる。番組では水と密接に生きる、湖の水上生活者や、水路の門番として誇らし気にバライを語る青年を通し、遺物としてでなく、人々と共存するアンコールを紹介する。
『シバの女王の末裔たち』~第1回:幸福のアラビア・イエメン
知性と美貌を兼ね備えた女王・ビルキス(シバの女王)の伝説に彩られた古代王国・シバ。紀元前10世紀から2世紀、アラビア半島の南西の地に栄えたこの国は、強大な貿易力で巨万の富を築いた。シバ王国は、支配した砂漠のキャラバンルートでヨーロッパと交易を結び、さらに貿易風を利用し、遠く離れたインドや中国とも交易を果たしていた。貿易風の存在を知らないヨーロッパの各国は、シバ王国からもたらされる商品全てを南アラビアの産物と思い込み、“幸福のアラビア”と呼んでいた。番組では3回シリーズで、王国が築いたキャラバンルートを辿り、シバゆかりの人々の文化や伝統を紹介すると共に、現在の生活に触れる。今回は、王国の発祥の地・イエメンを訪れる。
『シバの女王の末裔たち』~第2回:乳香と神話の大地・エリトリア、エチオピア
紀元前、現在のイエメンに実在したシバ王国。ここには“女王ビルキスがユダヤのソロモン王の妻となり、王子を生んだ”という伝説が残っている。同じ伝説を持つ女王が、紅海を挟んだ東アフリカにもう一人いた。エリトリアとエチオピアに残る伝説では、“アクスム王国の女王マケダはソロモン王の子を宿し、その子はエチオピアの初代皇帝となった”と言われている。どちらの女王も、旧約聖書に記されているシバの女王と信じられている。一つの伝説の中に二人の女王が生きていたのだ。番組では3回シリーズで、シバの女王ゆかりの人々の文化や伝統を紹介すると共に、現在の生活に触れる。今回は、女王マケダの伝説を信じ、女王に深い崇拝と尊敬の念を抱き続ける東アフリカの人々の元を訪れる
『シバの女王の末裔たち』~第3回:エリトリア失われたアーク
エチオピアに残るシバの女王の伝説。ここでは『古代王国・アクスム王国の女王マケダ(シバの女王)は、ユダヤのソロモン王の息子を生み、その子メネリクはエチオピアの初代皇帝となった』と言われている。その後、2千年以上続いた皇室は、メネリクの系譜を正当な王とし、237代もの王が皇位を継承した。さらに伝説では、『成長したメネリクはソロモン王との謁見を果たし、その際にモーゼの十戒を刻んだ石板と、石板の入ったアークをエチオピアに持ちかえった』と続いている。これが有名な“失われたアーク”の伝説である。今もアークは、アーク・ガーディアンに守られながら、アクムスの教会に保管されているという。3千年を誇るエチオピアの歴史の中に、女王に纏わる伝説は深く刻み込まれているのだ。番組では3回シリーズで、シバの女王ゆかりの人々の文化や伝統を紹介すると共に、現在の生活に触れる。今回は、自らをシバの女王の子孫と呼ぶ、エチオピアの人々の元を訪れる。
エチオピア・不思議な植物エンセーテ
エチオピア南西部に住む少数民族・アリ族は、エンセーテという珍しい植物と見事に共生している。エンセーテはバショウ科の植物で、その根、茎、葉は彼らの生活になくてはならないものだ。特に茎の澱粉を醗酵して作られる、『ワシ』というパンは、アリ族の主食になる。アリ族はこのエンセーテを家の周りや高原の斜面で栽培しているが、この中には『ゲア』という野生のエンセーテもある。ゲアは食用でなく、利用価値は皆無だが、アリ族の人々はあえてこれを除かず自然に任せている。これは、神が、ゲアもエンセーテも自分達に与えてくれたと考えるためだ。番組では、この地域独自の植物を最大限に生かし、自給自足を実現しているアリ族の人々の生活を取材する。
『ネパール』~第1回亜熱帯の森からヒマラヤへ
南アジア中部に位置するネパール王国は、南北わずか200㎞ながら、世界の高峰・ヒマラヤ山脈が北部に連なり、国内の標高差は8000mにもなる。その激しい標高差は、様々な地形や異なった自然環境をこの国にもたらした。標高150mの最も低い地域には亜熱帯のジャングルが広がり、世界でも珍しい絶滅の危機に瀕した野生動物が生息している。又、険しい山々に遮られている為、人も信仰も言葉も異なる30以上もの民族が独自の文化を営んでいる。番組では3回シリーズで、この国が持つ多種多様な世界を探り、知られざるネパールの神秘に迫る。今回は密林に生息する野生動物の姿や、生き神として生きる少女“クマリ”の生活を追う。
『ネパール』~第2回標高差6000m大地を裂く谷
4500万年前起こったユーラシア大陸とインド大陸の衝突は、ネパールの大地に様々な異変を起こした。その当時からある川は衝突によって隆起した大地に裂かれ、2つに分裂。この川は“姉妹の川の伝説”として、今も語り継がれている。その伝説とは、『姉の黒い川(カリガンダキ)と共に流れていた妹の白い川(セティコーラ)は、ある時悪戯で深い谷に身を隠した。姉は妹を追いかけたが、方向を間違え、以来別々に流れる事となった』と言うもの。ヒマラヤ山脈には、伝説通りアンナプルナ連山に阻まれて流れる2つの川が存在している。番組では3回シリーズで、ネパールが持つ多種多様な世界を探り、知られざる神秘に迫る。今回はこの伝説の川(セティコーラ、カリガンダキ)を追い求めると共に、ヒマラヤに暮らす人々の生活に触れる。
『ネパール』~第3回アンモナイト村と聖なる湖
高さ7000から8000mの高峰が連なるヒマラヤ山脈。その麓には人々が暮らすには余りにも厳しい荒涼とした大地が広がる。荒れ果てた土地に根づく穀物は皆無に等しく、生息可能な動物も限られている。ヒマラヤ高地の過酷な大地では、人々は人間の力を越えた自然を“神”と考えたのだ。ヒンズー教ではヒマラヤから発見されるアンモナイトの化石を天地創造の神と信じ、崇め奉る。また、ヒマラヤの村に暮らす村人達は山奥の峠に神が住むと信じ、その峠(メソカント峠)にある湖(ティリッツォ湖)の水で身を清め、穢れを落とす。番組では3回シリーズで、ネパールが持つ多種多様な世界を探り、知られざる神秘に迫る。今回は自然の中に神を見るヒマラヤの人々の生活に触れる。
ヒマラヤの奇跡神々の庭園花の谷・ValleyOfFlower
20世紀の初め、フランク・スマイズという登山家が、ヒマラヤ山脈で道に迷った際、様々な高山植物が咲き乱れる谷を見つけた。そこが、ヒマラヤに訪れる短い夏だけに見られる『花の谷・バレーオブフラワー』だ。花の谷は、インドのデリーからシーク教徒の聖地を辿った高地にある。北インド・バルドワールから聖地・バドリナーに向け、巡礼の旅をするシャルマー一家は、インドの普遍的なシーク教徒の姿を私達に伝える。今回番組では、ガンジス川を遡る、各聖地で見られるヒンドゥー教徒の敬虔な心と、花の谷の美しさをシンクロさせて紹介する。
謎の絵師葛飾北斎~画狂老人最後の20年~老いてなお新画風を求めた天才絵師
70歳の北斎は浮世絵を捨て、肉筆画へと創作の方向を転換した。同時に“葛飾北斎”という既に知らぬ人のない名を捨て自らを“画狂老人卍”と名乗った。85歳の時、北斎は信州の小布施へ赴き、豪商・高井鴻山の保護で元で製作に励む。その高井家には現在、肉筆日本画と共に北斎が描いたという油絵が1枚保管されている。キャンバスに油絵の具を用いて描かれた絵画は、当時の日本になく、北斎はその西洋画をどのようにして描いたのだろうか。一方、オランダには鎖国時代の長崎で蘭館医師をしていたシーボルトが持ち帰った北斎画が数多く残っている。また、西洋紙に書かれた肉筆画が数点あり、国立民族博物館はこれを北斎作と鑑定している。65歳の頃、北斎はシーボルトの依頼で洋紙に日本の武器を模写した。御禁制を破ったこの行動も、北斎にまだ見ぬ西洋との出会いであり、飽くなき創作意欲への執念をかき立てるものだった。
美しき日本の海輝く貝の道をゆく
美しい貝に魅せられた古代の日本と中国は、活発な貝の交易を行っていた。貝の一大産地であった日本の南西諸島からは“貝の道”が広がり、それは中国や北海道まで続いていた。古代人の生活に深く関わっていた貝は、貨幣や様々な日用品に使用され、中でも美しい真珠層を持つ夜光貝は古代人の心を魅了した。時代の権力者達は競って夜光貝を手に入れ、日用品や建築物の装飾に夜光貝を使用する螺鈿細工を施した。だが、その美しさが災いし、古代から愛され続けた夜光貝は、乱獲や環境破壊によって今では絶滅の危機を迎えている。番組では絶滅寸前の夜光貝を求めると共に、今でも夜光貝を愛し続ける人々の思いに迫る。
甦る伝説幻の王国・百済
百済は紀元前に王朝を興し700年近く朝鮮半島に君臨した国だ。現在もその末裔達は毎年、古都・扶餘で百済の王を称える祭りを催している。祭りを運営する中心人物の一人・琴瑛は大学で日本語を専攻し、国際交流員として日本に滞在した事もある。滞在先は百済の禎嘉王が、政権争いに破れ落ち延びた地・南郷村だ。この村でも年に一度、禎嘉王ゆかりの神社の御神体を祀る行事が行われ、扶餘へ御神体を奉じて赴く。百済王の子孫・漢磯さえも持たない祖先の遺品が、日本に存在するのは皮肉だ。帝国主義時代の日本の行為は、今も朝鮮民族に複雑な対日感情を残す。が、相互の国を行き来し、再会を喜ぶ琴瑛と中邑は、遠い昔の百済と日本のように、信頼を再生できる可能性を示唆している。番組では扶餘と南郷町で行われる百済の祭りを追いながら、百済が日本にもたらしたものは何だったのかを考察する。
韓国・山の民シンマニ~幻の高麗人参
古くから不老長寿の万能薬として、人々から珍重され続けてきた高麗人参(ウコギ科の多年草)。しかし、その野性の高麗人参・山人参は絶滅の危機に瀕し、今では市場で売られている高麗人参の全てが人工栽培したものしたものとなっている。そんな中、高麗人参の本場・韓国に、今も山人参を探し続ける山の民“シンマニ”と呼ばれる男達が暮らしている。生活の全てを自然からの恵みで営んでいる彼らは、決してお金の為ではなく、山人参探し求める。例え小さく、何年か後に採取した方が価値の出る山人参でも、人参の助けを求める人のためにシンマニは山人参を採り続ける。山人参は邪心のない素直な気持ちを持った人間にしか見つけられないのだ。番組では、山を敬い自然の恵みを大切にして生きるシンマニと共に、山に自生する幻の山人参を追い求める。
ストラディバリ最後の響き~300年大切にされ続ける名バイオリン
17世紀の楽器職人・ストラディバリが作ったバイオリンは、今も世界中に美しい音色を轟かせている。彼の遺作は93歳の時に作られたマーマイル、ロード・ノートン、スワンとされているが、番組ではその1年前に作られた名器・ムンツに焦点を当てる。ストラディバリが製作に打ち込んだ北イタリアの古都・クレモナで、今も受け継がれる彼の技術。また、修復を重ねながら楽器を受け継ぐ音楽家達のストラディバリに対する絶賛。それらを紹介しながら、バロック音楽の為に作られながら、各時代のニーズに反映し続けたムンツの行方を追う(ムンツは現在、メニューイン、パールマンから受け継いだマイヤースが使用)。一方、クレモナに唯一残され、毎朝学芸員によって数分弾かれることで、現役楽器としての本領を保ち続けるストラディバリ(クレモネーゼ)の音色に、時を越えたストラディバリのメッセージを伝える。
エトルエリア夢紀行~ローマ帝国を作った幻の民族
紀元前1千年頃に、高度な文明を築いたエトルリア人。彼らはギリシャ文明の影響を強く受けながらも、イタリア半島北部に、独自の文化を発達させていった。その中で、生まれた哲学が死生観で、エトルリアの主な遺跡・墓地はその観念を雄弁に語っている。墓地は「ネクロポリス・死者の街」と呼ばれ、家屋型や、地下室型と形態は様々な集合墓地だ。それら内部は夫婦の柩を囲むように、農耕作業、狩猟、娯楽といった彼らの日常生活が描かれた壁画に彩られている。逆に武器、兵士等の争いに関する意匠はなく、家族が明るく平和に暮らすことを願ったエルトリア人を知る事が出来る。紀元前3世紀、エルトリアはローマ帝国に滅ぼされた。現在、古都・テルクィニアにはイタリア人が住むが、彼らにインタビューすると、皆一様にエルトリア人への憧憬の念を語る。それは、さがない現代社会に生きる人々が、思い描く理想社会と、エトルリアの社会に相違点を見いだしているからかもしれない。
シチリア豪快カジキ漁~漁のある風景
シチリアに夏が訪れると、イタリア半島を望むメッシーナ海峡に、奇妙な形をした船・フェルーカ船が姿を現す。僅か20mの船上から31mのマストがそびえ立ち、舳先からは42mのブリッジが伸びる。漁師たちは空に突き出したマストの上から魚影を探し、海へ突き出たブリッジの先端から獲物・ガジキを仕留める。この豪快かつ華麗なカジキ漁は、シチリアが生んだ独特の伝統漁法である。しかし、利益率が悪くなった現在、年々フェルーカ船は姿を消つつある。その中で、今も昔と変わらずにフェルーカ船を守り続ける家族がいた。番組では名漁師・フランコとその家族の姿を追いながら、カジキ漁に燃えるシチリアの夏を紹介する。
ラ・マンチャ太陽の花サフランが咲く村
サフランは最高級の香辛料、染料として、エジプト、ギリシアでは古代から珍重されていた。サフランの世界一の産地・スペインのラ・マンチャ地方は、毎年晩秋になると、一家総出で収穫に追われる。機械を使わず、手間をかけて育てたサフランの花を摘み、24時間以内にメシベだけを取って乾燥させる作業が2週間続く。しかし、最近は外国産の安いサフランや、人工着色料の使用が増え、その価格は低下する傾向にある。サフランの専業農家の人も「将来、手間と収入は釣り合わなくなる」と心配を漏らす。現に、短期的な職を求めて都会へ出る農家の男性も少なくない。番組では、コンスエグ村で毎年収穫の時期に行われる“サフラン祭り”と、三世代が協力して行うディエステンデロ家の収穫を紹介する。
北のシルクロード~第一部:長城を越えて
古来、シルクロードには3つのルートがあった。砂漠に続く有名なオアシスの道、海を渡る香辛料の道、そして中国大陸の北方を通る草原の道・北のシルクロードである。大草原を東西に結ぶ北のシルクロードは、征服と侵略の歴史を繰り返すと共に、遊牧民族と農耕民族とが文化交流を繰り広げた道である。遙か昔から、多くの人々や様々な物、そして豊かな文化が往来したこの道は、今もなお、交易路として中国・北京からモンゴル・カラコルムまでを結んでいる。番組では2回シリーズで北のシルクロード2000㎞の旅をする。今回は北京から山西省の大同までを紹介する。
北のシルクロード~第二部:幻のカラコルム
ユーラシア大陸の北緯48度から50度の間に東西に広がる大草原地帯。この広大な大地には、古くから東西の架け橋となった草の道・北のシルクロードが、今も生き続けている。13世紀、チンギス・ハーンによってモンゴル帝国が築かれると、北のシルクロードは最も繁栄を究め、東西の文化交流は隆盛を誇った。漢民族の農耕文化と騎馬民族の遊牧文化は、今も昔もこの道によって交流し、さらに西へと伝来していったのだ。番組では2回シリーズで北のシルクロード2000㎞の旅をする。今回は中国・内蒙古自治区からモンゴル帝国の幻の都・カラコルムを紹介する。
大草原と遊牧民~内蒙古
ロシアと中国の国境近く、大興安嶺山脈の麓に広がるホロンバイル地方は、世界三大草原のひとつに数えられる大草原だ。ここでは騎馬民族・モンゴル人が先祖来の遊牧生活を営んでいる。しかし、その数は近年減少の傾向にある。番組では彼らの伝統的な行事(結婚式、家畜の天敵・オオカミ狩り)を始め、典型的な遊牧民の生活を取材する。また、都市部に住むモンゴル人の生活も紹介し、彼らに迫りつつある近代化の波と、開発の様子をレポートする。
上海・熱気沸騰コオロギたちの夏
変わり行く伝統と歴史の国・中国。その中で上海は、金融・経済・貿易におけるアジアの中心地“東洋のマンハッタン”を目指し、巨大開発計画を進めている。街には高層ビルが建ち並び、人々は活気に満ちている。そんな熱気溢れる上海に夏が訪れると人々は、唐の時代から受け継がれてきた中国の文化・コオロギ合わせ(促織・ソクソク)に熱中し始める。2匹のコオロギ(蟋蟀・シースゥイ)を円形の仕切りの中で闘わせる、遊びは人々を虜にし、夏の間の2ヵ月半、上海の街を娯楽に染める。番組では新しい時代を迎えた上海に今も生き続ける中国の文化・コロオギ合わせを紹介、変わらない中国人の心に触れる。
甦る古代王国マヤ~神秘のコパン文明
紀元前、中央アメリカ・ユカタン半島を中心にマヤ族がおこした古代文明・マヤ。それは3世紀頃から南、中、北部に分かれて発展し、各地に独自の文化や文明を持つ都市国家を築いていった。その中でも最も繁栄したコパン王国は、その誕生から滅亡までの歴史を神殿の階段にマヤ文字(象形文字)で刻み残していた。これは多くの謎に包まれたマヤ考古学上、最も貴重な発見であり、神秘に満ちたマヤの扉を開く鍵となった。番組ではコパン王朝史を遡ると共に、マヤ文明の歴史と遺跡に残された独特な石像彫刻の美に迫る。
蘇る古代王国マヤ~パレンケ最後の赤い女王
中央アメリカの密林には、多くの謎と神秘に包まれた古代マヤ文明の遺跡が今も眠っている。3500年前、現在のグァテマラに始まったマヤ文明は、16世紀にスペインに滅ぼされるまで、各地で巨大なピラミッドを持つ都市国家を次々と誕生させ、そして次々と滅亡させていった。そんな都市の一つパレンケは、5~8世紀にかけてマヤの代表的な都として君臨した。マヤ文明の中で最も繊細で優美な建築物を残したパレンケの神殿から、1952年マヤ遺跡では初めての王の墓が発掘された。さらに、1994年には王家の女性の遺骨が発見される。その棺は、再生・不滅を意味する赤い顔料に埋め尽くされいたものの、他遺跡に見られるような装飾や碑文が全く存在しなかった。番組では“赤い女王”と名付けられたこの女性の墓に残された謎を探ると共に、パレンケ王国の生と死の哲学に迫る。
ベリーズ・熱帯水紀行物語~“ブルーホール”に唯一生息するイルカ
古代マヤ語で“湿地”を意味するベリーズは、中米ユカタン半島の南部に位置し、西はマヤ山脈の熱帯雨林、東はカリブ海に挟まれた水の国である。豊富な水に恵まれた大地には緑豊かな自然があり、海には美しい珊瑚礁が育まれた。ベリーズはその自然に決して手を加えられる事なく、緑を残し続けている。それが魅力となり、ベリーズは冒険者達の憧れの楽園となっているのだ。冒険者の心を惹きつけてやまない物の一つに、地元漁師から“悪魔の住む穴”と呼ばれた不思議な場所“ブルーホール”がある。珊瑚礁が広がる海の真ん中に突如開いた巨大な穴。それは垂直に水深140mまで続き、生き物を寄せつけない。大昔、ここが陸地だった頃に出来た鍾乳洞が海底に沈み、海中に不思議な縦穴を作ったのだ。番組では、“ブルーホール”に唯一生息する伝説のイルカ“ピータ”の姿を中心に、ベリーズの手つかずの大自然に触れる。
シルバーバンク鯨と一緒に泳ぐ海~カリブ海のザトウクジラ
陽気な歌声と緑豊かな島々、そして透き通る水を湛えるカリブ海。ここに毎年1月、体長16mにもなるザトウクジラの群れが姿を現す。夏を餌の豊富な北の海で過ごすザトウクジラは、冬になると大西洋を南下、楽園を求めてカリブ海周辺を訪れる。ドミニカ共和国沖合に広がる大きな浅瀬“シルバーバンク”は、人間の住む陸地から100㎞も離れた外洋にあり、四方を珊瑚礁に囲まれた海の楽園。かつて大量に行われた捕鯨の対象となり、大幅に個体数を減少したザトウクジラにとって、ここは最後の聖域なのだ。ザトウクジラは、この平穏な海で求愛、出産、子育てを行い、新しい生命を育む。また、クジラに穏やかな気持ちを与えるこの楽園は、人間がクジラと水の中で交流出来る数少ない場所なのだ。番組ではクジラの生態を探ると共に、彼らとの交流を求め、水中の楽園“シルバーバンク”を訪れる。
南海の楽園ミクロネシア最後の石貨文明
南太平洋に浮かぶヤップ島は2千年に渡り自給自足で生活をしてきた。その中で、冠婚葬祭や慰謝料として用いられてきたのが石貨や貝貨。島にはない石で作られた石貨は、誠意を伝える場合にのみ登場する貨幣で、現在、島で物を買う時に用いられるのは米ドルだ。その昔石貨は、知恵と勇気を持った者だけがカヌーで運んで来ることが出来た。だから石貨には価値がある。島には幾度かの植民時代を経ても、その価値観を守っている老人たちがいる。が、便利なものや、娯楽品を手に入れられる貨幣の獲得に走る世代が、大勢を占めていることも否めない。老人達は言う「文化を持った石貨を大切にしろと言いたいが、それだけでは島民が望む生活が出来ないのも事実」。アメリカ留学から島に戻った青年・ポンは、老人達と違いパソコンを使って業務を行う。最近ポンは念願だった島の民族舞踊を、仲間とともに練習している。老人達はこのような場を、若者達と対話し、文化を継承できる得難い機会と、受け止めている。
漂う如くパプア・海の民~漁のある風景
南太平洋のパプアニューギニアに、自らを“海の民”と呼ぶキワイ族がいる。彼らは目の前に広がる珊瑚礁の海で、魚やウミガメ、時にはジュゴンを採って暮らしている。その漁に欠かせないのが、独特な形をしたダブルアウトリガーカヌーである。両側に浮き木が張り出し、2本マストに3枚帆の風だけが頼りのカヌー。漁師達はこのカヌーで漂うように漁をし、気ままな暮らしを続けて来た。しかし、6年前、その暮らしを一変させる出来事が起こった。外国系の商人によるナマコの買い付けが始まり、それは村人に多額の現金収入をもたらした。村の生活は文明化し、漁業にも大きな変化が訪れた。若者達は伝統的なカヌーよりも、便利なモーターボートを選び始めたのだ。番組では今もカヌーで漁業を続ける漁師の姿を追いながら、変わり行くキワイ族の生活を紹介する。
熱帯バリ竹楽器ジェゴグが響く村
インドネシアのバリ島西部の村々にある巨大な竹の楽器・ジュゴグ。木琴を竹で作ったようなもので、そこから出る音は、度重なる調律と、神が降りた演奏により神々しいものになる。バリの人々は出産時にへそ緒を竹で切り、死者を竹の神輿に乗せ、海に流す。家の内壁も竹で編まれ、竹はバリの人々の生活に密着した植物と言える。番組ではサンカラアグン村に住むジェゴグ奏者のインタビューや、バトゥー・アグン村で開かれるジェゴグ演奏大会の取材からバリの人々の、生き方と竹文化を紹介する。
熱帯の青い海~サンゴの島モルジブ
モルジブは珊瑚礁で出来た島々からなるインド洋の国だ。近年、観光客が増え、リゾート地として開発された島もあるが、その殆どは島民達が昔からのリズムを守って暮らしている。そんな島の一つ、ガーディフシ島の島民はカツオ漁を主な収入源として生活している。男達は、この島独自の暦に則って予定を組み、エサの小魚を入江で取ってからインド洋へ出てカツオを取る。ガーディフシ島の長老・フセインは島で最古という自分の家を自慢気に見せる。サンゴで造られたその家は、サンゴが建材としても優秀であることを私達に教えてくれる。ある日、男達は島長指揮の元、防波堤作りを行った。珊瑚で出来た島を、砕いた珊瑚を積み上げた防波堤で守る。番組では珊瑚と密接に関係したガーディフシ島の生活と、美しい風景の映像を紹介する。
砂漠に消える湖アフリカチャド』~アフリカ・シリーズPart1
チャド、ナイジェリア、カメルーン、ニジェールの4ヵ国に囲まれた、アフリカ4番目の大きさを誇る湖・チャド。ところが、この湖はかつてアフリカ最大の湖だった。今から25000年前、チャド湖の直径は1200㎞、水深は400mもあったと言われている。ナイル川とも繋がっていた巨大な湖は、その後アフリカ大陸を襲った氷河期や砂漠化の影響で、小さくなっていった。現在は直径40㎞、水深は僅か5m、最大時の50分の1の大きさに縮小している。しかし、湖に点在する多くの島々で暮らす人々は、今も尚、消えゆく湖の恵みを受けながら自然と共に暮らしている。番組ではチャド湖で暮らす様々な部族の文化と生活を紹介する。
最古の熱帯雨林アフリカ・カメルーン』~アフリカ・シリーズPart2
180万年前の氷河時代を生き抜いた世界最古の熱帯雨林・コーラップの森。この森は、太古の昔から今に至るまで、様々な動植物や人間の生命を守り続けてきた。豊かな自然と豊富な実りを育む森。そこは、生きる物全ての“命の源”なのだ。この森には、他では見られない固有な生物が生息し、なかには森と共に氷河時代を生き抜いた魚も現存する。また、森に生い茂る木々の半分以上は薬効を持ち、今も尚、病に侵された人々の命を救っているのだ。番組では美しい自然と、森の恵みを受けて生きる人々の森への熱い思いに迫る。
アフリカ・マリ共和国ひょうたん村の断食月
アフリカ・マリ共和国では古くからひょうたんが人々の生活に密着してきた。種がぎっしり詰まったその実は、子だくさんの女性の象徴として崇められ、女達の嫁入り道具にもなっている。用途は、ボウル型のフィレと、スプーン状のガラマンを基本として食器、楽器、玩具、農具と多岐に渡る。人々は古くなったひょうたんも修理して使い、親から子へ受け継いでいる。近年、プラスティック製品の進出が見られるようになったカグク村も、伝統的な家は、未だにひょうたんを家に飾り、その数は家の格式の高さを示している。敬虔なイスラム教徒が暮らすカグク村では、今年も1ヵ月間のラマダン(断食月)が明け、人々はその祝福を歌や踊りと共にひょうたんを使った楽器で祝う。番組では、アフリカ大陸に暮らす人々が見せる、自然の恵みへの細やかな心を紹介する。
アラブの王家砂漠の鷹狩り
世界各地にタカ狩りの習慣は見られたが、中東のアラブ首長国連邦では、現在もその伝統が守られている。鷹狩りシーズンの冬に向け、王族お抱えの鷹匠達はハヤブサを調教している。シャルジャーの王族・ファイサルが飼うラフィーは、今年初めてデビューするハヤブサだ。ラフィーは日々の訓練を経て、初陣に臨んだ。が、鷹匠が苦労して見つけた獲物(ノガン)を見失い、戦果を上げられなかった。砂漠の中に国立の鳥類研究所を設け、ノガンの繁殖に力を入れるこの国は、巨大なオイル・マネーで、伝統の鷹狩りを支えてきたとも言える。また、人工繁殖にまで追い込まるほどの、環境破壊はアラビア半島全域に見られ、経済的に余裕のない国では伝統さえも淘汰されていった。番組では国のシンボルとしてハヤブサと、その関係を大切にするアラブの人々を紹介する。
ファーブル最後の楽園~プロヴァンス・昆虫記の旅
プロヴァンス地方は、今なお牧歌的に時が流れるフランス南東部の地だ。多くのフランス人が、虫の声を不快な音と感じるのに対し、プロヴァンスの人々はそれに風情を感じることから、日本人との共通性が指摘される。そのプロヴァンスで生まれ、育ち、晩年を送った人物に、博物学者のファーブルがいる。ファーブルは貧しい家に生まれ、奨学生として学び、小学校の教職の傍ら生物学を研究した。そんな彼は晩年、ある屋敷を手に入れる。ファーブルは、“アルマス”名付けた家の庭に多くの植物を植え、動植物の観察をしていた。現在ここは、彼の遺品や多くの研究成果が展示される博物館となっている。また、彼は生活の為に執筆した地理の教科書の中で、日本について「日本人は最もフランス人に近い感性を持つ」と記述している。番組では、彼のライフワークとなった研究の軌跡を追いながら、日本とプロヴァンスの動植物を愛でる文化の共通性を考察する。
カルヴァドス ノルマンディー・リンゴ酒街道
フランスの北西部・ノルマンディー地方では豊かに実るリンゴを使った酒造りが行われてきた。それはリンゴの醸造酒・シードルと、その蒸留酒・カルヴァドスだ。農薬は使わず、採り入れも木を揺さぶり果実を落として拾い集めるという方法を今も受け継いでいる。また、自家製のリンゴ酒を作る家には、蒸留器を積んで訪れる業者もある。しかし、’59年に制定された法律は、酒造の権利を業者に集中させることを目的としており、リンゴ酒の自家製造は減少する傾向にある。また、交通の発達はこの地方にもワインやビールの進出をもたらし、一時はリンゴ酒の需要は落ち込んだ。しかし、この地方の人々は午後のコーヒーにカルヴァドスを入れたり、他の酒の締めくくりにはカルヴァトスを飲む。番組では、ノルマンディーのリンゴ農家や酒造業者を訪ねながら、人々の生活に密着したリンゴ酒を紹介する。
ドイツ・旅するメリーゴーランド
人々を夢の世界へ運ぶ“メリーゴーランド”は、遊戯施設の代表として、世界中で愛されてきた。馬に乗って闘う騎士達の練習道具から発展。さらに人力式から蒸気式の回転木馬が開発された19世紀で、華やかな全盛期を迎える。しかし、1960年代、スピードやスリルを競う乗り物が次々と登場すると、素朴なメリーゴーランドは徐々に姿を消して行った。そんな中、ドイツには今も素朴なメリーゴーランドを守り続ける家族がいる。移動式のメリーゴーランドを持つこの家族は、各地で開催される移動遊園地に参加する為、1年の大半を町から町へと旅をして過ごす。彼らはメリーゴーランドを待ちわびる子供に夢を届けるため、そして優しい心を失いかけている大人達のために、今日も木馬を運び続ける。番組ではドイツ最大の祭り“オクトーバー・フェスティバル”でメリーゴーランドを動かす家族の姿を中心に、木馬の魅力に迫る。
海から来た宝石~ポーランド・塩の地底都市
ポーランド・ヴェエリチカには、13世紀から続く塩の採掘により出来た地下都市がある。塩を採った跡の空間を利用し、造られた教会などの各施設を、ヴェエリチカの人々は心の拠り所にしている。この地下都市の中で最も美しいと言われるキンガ礼拝堂はマルコフスキー兄弟によって造られた。元来仲が悪かった兄弟も、この建設中は力を合わせ尽力したという。また、地下都市のサナトリウムには、毎晩9時になると幾人かの市民が訪れ、一夜を過ごす。その人々は「塩壁のお蔭で気管支炎が楽になる」と口々に証言する。しかし、700年もの間、この街の人々と共に生きてきた塩の鉱山が近く閉山することに決定した。何代にも渡り坑夫として働いてきた町の男たちはもちろん、先人が残してくれた素晴らしい地下都市を愛する市民皆がそれを悲しんでいる。
中国大運河』~第一部:暴君、大運河をつくる
中国5大水系の海河、黄河、淮河、長河、銭塘江を縦に結び、北京から杭州を南北に流れる京杭大運河。全長約1800㎞に及ぶこの大運河は、中国に於ける南北の交易、交通に大きな役割を果たしている。人々は京杭大運河を、万里の長城と並ぶ中国の宝と呼ぶ。しかし、隋の時代に開発されたこの運河は、1人の皇帝の私欲を満たすために造られたものだった。その煬帝は、“江南の春の咲く花を見る”という自らの快楽目的のため、当時の都・洛陽から南北に向けて運河を造らせた。そのため、建設に関わった労働者数百万人が犠牲となった。番組では3回シリーズで、京杭大運河に纏わる3人の偉人を紹介する。今回は大運河を切り開いた煬帝の人物像に迫ると共に、運河を巡る人々の生活に触れる。
中国大運河』~第二部:フビライ・ハーンの野望
隋の煬帝が開発した中国を南北に流れる大運河は、杭州遷都の宋の時代になると徐々に往来が途絶え、打ち捨てられていった。13世紀に、世界最強の騎馬軍団を率いて中国統一を目指した元のフビライ・ハーンは、江南で勢力を保っていた宋を攻略するため、大運河の改修をした。江南には無数の川や湖沼があり騎馬隊による進撃は困難、フビライは水軍を率いて運河を渡り、宋を征服した。彼の中国統一の野望のために改修された大運河は、直線的に流れを変え、南北を結ぶ動脈として復活した。番組では3回シリーズで、京杭大運河に纏わる3人の人物を紹介する。今回は大運河を現在の形に近いものに改修したフビライの人物像に迫ると共に、運河に関わる人々の生活に触れる。
中国大運河』~第三部:乾隆帝大運河をくだる
北京から杭州を流れ、中国を南北に結ぶ京杭大運河。この運河は隋の煬帝が造り、中国統一を夢見た元のフビライ・ハーンが改修して現在の形に近いものにした。その後の歴代皇帝は、運河を使用して豊かな食と美しい風景を求め、幾度となく江南を旅した。とりわけ清の乾隆帝は、運河を6度も旅して江南に遊び、大運河1300年の歴史の中で最も運河を愛した皇帝となった。乾隆帝らの皇帝達は、江南の豊かな文化を都・北京に持ちかえり、中国の文化を発展させた。大運河の流れは、数え切れない人々と限りない物資ばかりでなく、豊かな文化をも運んできたのだった。番組では3回シリーズで、京杭大運河に纏わる3人の人物を紹介する。今回は乾隆帝が大運河で運んだ中国文化を紹介すると共に、運河に関わる人々の生活に触れる。
台湾の海人ランユーのヤミ族
台湾の東の海に浮かぶ島・蘭嶼。ここでは独自の生活様式を持つ台湾の原住民・ヤミ族(雅美族)が暮らしている。自給自足を基本としている彼らは、飛び魚漁が行われる春から初夏にかけてを最も大切な季節としている。飛び魚漁は“タタラ”と呼ばれる舟を使用し、海に入った漁師が魚を網へ追い込む昔ながらの漁法が用いられている。遙か昔から海と共に生きて来たヤミ族にとって海の恵みは大切なもの、皆で平等に分け合い、釣った魚は全て食べ尽くす事を守り続けている。しかし、原始的で独特な生活を続けるヤミ族の島にも、急激な近代化の波が押し寄せて来ている。若者の多くは原住民だからと言う理由で受ける差別に耐えながらも、台湾本土に出稼ぎに出なければならない状態にあり、先祖から受け継いだ伝統的な文化や生活が失われつつある。番組では、長い歴史の中で海と闘い文明と闘い続けたヤミ族の現在の生活を紹介すると共に、ヤミ族のうちなる叫びを聞く。
アメリカ最古の都市断崖宮殿の謎』~古代インディアンの信仰を受継ぐその末裔
アメリカ・コロラド州の国立公園の切り立った崖に、古代インディアンの住居跡がある。プエブロインディアンと呼ばれる彼らが、6世紀頃からここで農耕生活を営み、この壮大な都市文明を築いた。この石製の集合住宅は、彼らの生活と信仰の場そのものだった。が、14世紀、プエブロインディアン達は、突然そこを放棄した。永い干ばつの為と言われているが、決定的な説はない。しかし、今もその近くに住む彼らの子孫・ホピ族は、廃墟となった先祖の住まいで、精霊に祈りをささげている。それは先祖が抱いていた宇宙観と、彼らのそれが、少しも変わらないことを示している。精霊への祈りと、献身で天の恵みを待つ彼らの畑には、灌漑施設がない。空に向かい降雨を祈り、雨が降ると感謝の歌を精霊に捧げる、ホピ族の生活を取材しながら、その先祖に思いを巡らす。
『フロリダ・一万の泉の物語』~フロリダの泉に住む様々な生き物を取材。
緑豊かな大湿地帯が広がるアメリカのフロリダ半島。ここは太古の昔、氷河の活動によって半島内部がえぐられた為、海面より低い、すり鉢状の地形が出来上がった。そして、石灰岩の地面にしみ込んだ雨水が至る所に湧き出し、無数の泉と湿地を生み出した。随時大量に湧き出す湧き水にたたえられた泉は、無限大の透明度を誇り、豊かな自然と生き物を守り続けている。番組ではフロリダの泉に潜り、美しい水中の楽園の様子を紹介する。
ハワイアン・カヌー大いなる海への航海
その昔、ポリネシアの南の人々は、星と風を頼りにカヌーで北上し、ハワイ諸島に到達した。現在ハワイには、先祖達のカヌーを再現し、同じ技術で航海することで文化の伝達を図るプロジェクト『ハワイ・ロア』がある。『ハワイ・ロア』の最年少ナビゲーターのケパは、何よりも海を愛する少年。父親のジョンはケパに「カヌーを通じてハワイアンの誇りを持ってほしい」と、小型カヌーの漕ぎ方を教えてきた。そして今度は、大型カヌーの建造に携わる息子に、原材料・コアの木の急激な減少と、保護の必要を説き、ハワイの文化は自然のなしではありえないことを悟らせた。ハワイ・ロア号は、カナダから譲られた唐檜で造られるのだ。もう一隻のカヌー・ホクレア号の出航が迫ると、ナビゲーター達は古代航海技術の確認に余念がない。番組では、ハワイ・ロア号の出航までの、ナビゲータ達を追い、ハワイを愛する地元民の姿を大写しにする。
燃えて生きる炎の大地・オーストラリア
大地が緑に覆われる春、オーストラリア大陸は1年で最も危険な季節を迎える。太古の昔、熱帯雨林に覆われていたこの大陸は、5300万年前に南極から分裂、北に移動を始めると共に乾燥してゆく。そして3400万年前、大きな気候の変化が起こり(落雷が頻繁に発生し森林火災が発生、熱帯雨林は燃え尽くされる)、大規模な干ばつと大雨に襲われる大地に生まれ変わる。それは、大地が最も乾燥する春に、原野火災・ブッシュファイアー(自然現象)を発生させる環境を生み出してしまったのだ。この火災は、毎年3000万ヘクタールを焼き尽くし、多くの動植物の命を奪う。しかし、そんな過酷な環境の中でも生存可能な特性を備える植物や、共存する知恵を持ち合わせた先住民族がいた。番組では原野火災と共に生きる人々の姿を中心に、植物や大地の不思議を追う。
鳥の村KusKuy口笛で語る人々
“鳥の村”を意味する・クシュキュイはトルコの山奥にある。この村の住民はしばしば、アルファベットを口笛で表音することでトルコ語を通達しあう。これは、数㎞離れた場所との合図に止まらず、日常会話としても機能してきた。しかし、電話等の通信手段がクシュキュイにも導入された場合、この世界もにまれな口笛語の存続はその意味を失う。現在、村唯一の小学校では口笛語が授業に組み込まれ、その伝承が進められている。しかし、労働者のドイツへの出稼ぎや、学生の都市への流出により、正確な口笛語を操れる者は10人もいない。そこで、村では“口笛語コンテスト”を毎年開くことで、口笛語の保護を試みようとしている。そのコンテストで小学生の少女・エミリは見事準優勝を果した。番組では、ドイツの出稼ぎから帰った父親を出迎える、エミリの家族に典型的なクシュキュイの家庭を見ながら、牧歌的な自然と美しい村人達の口笛を紹介してゆく。
遊牧民の魂・ラクダ相撲
世界で唯一のラクダ相撲大会は毎年1月、トルコのセルシュクで開催される。トルコ全土のラクダ飼育師達はこの大会に向け、毎日自慢のラクダの世話に余念がない。今年も待ちに待った大会がやって来た。各地のラクダ相撲を勝ち抜いた、強者のラクダは、美しく飾りつけられこの地に集まる。飼育師達は口々に「ラクダと一緒に大会に出るのが、トルコの男の喜び」と語り、大会に出場できる名誉を語る。しかし大会は実行行委員達が最も恐れていた雨に見舞われてしまった。前夜から降り続いた雨は、当日朝には上がったものの、会場コンディションは良くない。大会中止の声も囁かれたが、午後から3試合のみ催行された。自分のラクダの出番を心待ちにしていた少年・イブラヒムは、取組中止に落胆しながらも、来年の出場に向けて笑顔を見せた。番組では大会に携わる人々のラクダ相撲に寄せる思いをインタビューしながら、村を上げて盛り上がる大会前後の様子を取材する。
ロンドン発ラストウルフ~幻のニホンオオカミ
オオカミはかつて、日本全国に生息していた。しかし、1905年、奈良県の東吉野村で捕らえられたニホンオオカミを最後に、その姿は消えた。最後のニホンオオカ花を集めさせ、その栽培に尽力した。プラントハンター達は危険を冒し、その使命をはたしたが、中でもランはその美しさに魅了された上流階級の人々に歓迎された。そのため、ラン・ハンターと呼ばれる蘭専門のプラントハンターも出現し、彼らはタイやグァテマラといった熱帯に赴き、永い航海に苦労しながら様々な新種を英国へもたらした。現在もタイは最大の蘭輸出国となっており、当時発見された新種の蘭は、配合によりまた新たな蘭を生み出している。また、今日のキューガーデンには、絶滅寸前の幾百ものランが無菌培養されている。が、既に雄花・雌花の一方が絶滅した蘭は、科学の庇護でしか開花することはない。番組では、同植物園とタイの蘭採集者の取材から、蘭に惹かれる人々を紹介する。
象と暮らす最後の村~タイ~
タイのクアイ族の男性は、象使いとして父から子へ、その伝統を伝えている。毎年スリンで行われる象祭りには200頭近い象が集まる。世界中からの観光客で賑わうこの祭りも、以前に比べ参加する象と象使いの数は減った。今では、そのほとんどがサーラー村に住むクアイ族で占められる。昔から、森で象を捕獲し、調教していたクアイ族は、捕獲が禁止された現在、数少ない象と家族のように暮らす。稲作が主な収入源のサーラー村では、秋の取り入れが終わると男達は象を連れ、村を出る。象の餌を求めで各地を旅するほか、家族と象との共存が出来ないからだ。今、クアイ族の男達は、どうしたら家族と象と一緒に1年を過ごせるかという問題の岐路に立たされている。番組では、彼らの生活を、年に一度の象祭りの模様と併せて伝える。
ヒマラヤの奇跡神々の庭園花の谷・ValleyOfFlower
20世紀の初め、フランク・スマイズという登山家が、ヒマラヤ山脈で道に迷った際、様々な高山植物が咲き乱れる谷を見つけた。そこが、ヒマラヤに訪れる短い夏だけに見られる『花の谷・バレーオブフラワー』だ。花の谷は、インドのデリーからシーク教徒の聖地を辿った高地にある。北インド・バルドワールから聖地・バドリナーに向け、巡礼の旅をするシャルマー一家は、インドの普遍的なシーク教徒の姿を私達に伝える。今回番組では、ガンジス川を遡る、各聖地で見られるヒンドゥー教徒の敬虔な心と、花の谷の美しさをシンクロさせて紹介する。
幸せを呼ぶ舞~ブータン王国の春~
ヒマラヤ山脈にあるブータンは、敬虔な仏教徒が暮らす小さな国だ。毎年4月11日から4日間、この国第2の都市・パロで最大の祭り“パロ・ツェツェ”が催される。ツェツエ(祭り)には、どの家も晴れ着と一番のごちそうで作った弁当を用意し、一家揃って参加する。僧侶達がマスクを付けて舞う伝統舞踊や、説話劇などで構成されるこの祭りには、アツァラと呼ばれる道化役が登場する。滑稽な動きで笑いを誘うアツァラは観客の人気者であると同時に、出し物の間をつなぐ狂言廻しの役割も担っている。番組では、今年始めてアツァラの役に挑戦する青年・タシとその家族を取材しながら、世界で最も豊かな心を持つと言われる、ブータンの人々の表情を紹介する。
鳥の村KusKuy口笛で語る人々
“鳥の村”を意味する・クシュキュイはトルコの山奥にある。この村の住民はしばしば、アルファベットを口笛で表音することでトルコ語を通達しあう。これは、数㎞離れた場所との合図に止まらず、日常会話としても機能してきた。しかし、電話等の通信手段がクシュキュイにも導入された場合、この世界もにまれな口笛語の存続はその意味を失う。現在、村唯一の小学校では口笛語が授業に組み込まれ、その伝承が進められている。しかし、労働者のドイツへの出稼ぎや、学生の都市への流出により、正確な口笛語を操れる者は10人もいない。そこで、村では“口笛語コンテスト”を毎年開くことで、口笛語の保護を試みようとしている。そのコンテストで小学生の少女・エミリは見事準優勝を果した。番組では、ドイツの出稼ぎから帰った父親を出迎える、エミリの家族に典型的なクシュキュイの家庭を見ながら、牧歌的な自然と美しい村人達の口笛を紹介してゆく。
遊牧民の魂・ラクダ相撲
世界で唯一のラクダ相撲大会は毎年1月、トルコのセルシュクで開催される。トルコ全土のラクダ飼育師達はこの大会に向け、毎日自慢のラクダの世話に余念がない。今年も待ちに待った大会がやって来た。各地のラクダ相撲を勝ち抜いた、強者のラクダは、美しく飾りつけられこの地に集まる。飼育師達は口々に「ラクダと一緒に大会に出るのが、トルコの男の喜び」と語り、大会に出場できる名誉を語る。しかし大会は実行行委員達が最も恐れていた雨に見舞われてしまった。前夜から降り続いた雨は、当日朝には上がったものの、会場コンディションは良くない。大会中止の声も囁かれたが、午後から3試合のみ催行された。自分のラクダの出番を心待ちにしていた少年・イブラヒムは、取組中止に落胆しながらも、来年の出場に向けて笑顔を見せた。番組では大会に携わる人々のラクダ相撲に寄せる思いをインタビューしながら、村を上げて盛り上がる大会前後の様子を取材する。
ロンドン発ラストウルフ~幻のニホンオオカミ
オオカミはかつて、日本全国に生息していた。しかし、1905年、奈良県の東吉野村で捕らえられたニホンオオカミを最後に、その姿は消えた。最後のニホンオオカミは生物学者・アンダーソンに買い取られ、現在、標本がロンドンの博物館に眠っている。日本では山の神として信仰され、イギリスでは牧畜を荒らす害獣として迫害されたオオカミ。捉えられ方は違っても、森林開発により、生息地を奪われ絶滅したという運命は同じだ。現在、国レベルで森の復活を計画しているイギリスでは、飼育されているオオカミを将来森へ帰そうという動きが見られる。また日本では、過密化し森林に被害を与えるシカへの対策に「天敵の狼の復活が有効」と、調査を続ける人々がいる。番組では、オオカミが絶滅に追いやられた原因と、絶滅による生態系への影響を考察するとともに、オオカミの復活に尽力する人々のインタビューを紹介する。
ガラスの中の蘭~花を追う狩人たち
ロンドン郊外にある王立植物園・キュー・ガーデンは世界最大規模の植物園。19世紀に英国は、プラント・ハンター(植物の狩人)に、世界中の珍しい草花を集めさせ、その栽培に尽力した。プラントハンター達は危険を冒し、その使命をはたしたが、中でもランはその美しさに魅了された上流階級の人々に歓迎された。そのため、ラン・ハンターと呼ばれる蘭専門のプラントハンターも出現し、彼らはタイやグァテマラといった熱帯に赴き、永い航海に苦労しながら様々な新種を英国へもたらした。現在もタイは最大の蘭輸出国となっており、当時発見された新種の蘭は、配合によりまた新たな蘭を生み出している。また、今日のキューガーデンには、絶滅寸前の幾百ものランが無菌培養されている。が、既に雄花・雌花の一方が絶滅した蘭は、科学の庇護でしか開花することはない。番組では、同植物園とタイの蘭採集者の取材から、蘭に惹かれる人々を紹介する。
「星空に消えた帝国インカ~隠しピラミッドの謎」
12世紀、カパックによって建国されたインカ帝国は16世紀、スペインによって滅ぼされた。その最後の砦・マチュピチュ遺跡は1911年にアメリカ人のビルガムに発見されている。しかし、文字を持たなかったインカ帝国の多くは、謎に包まれたまま時を重ねてきた。最近、アンデス山脈にあるオリヤンタイタンボ村の畑が、ピラミッドを形造っていることを発見した村人がいる。このピラミッドは夏至の時に、インカ創世の伝説にうたわれている通りの太陽光線を導いている。この為、そこがインカ文明発祥の地ではないかと予想され、今後の発掘が待たれている。また、同村には天体観測と、気象観測から農業計画を立てていたインカの特色を裏づける、遺跡が多く残されている。現在、ペルーではインカ帝国の末裔として、その文化を見直す機運が高まっており、これらの遺跡は文字よりも雄弁に彼らに多くを語ることになるかもしれない。
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